51
「沙樹…、どうして…」
俺は、そうつぶやきながら、1年以上ぶりに沙樹と向き合っていた。
「一緒に…帰らない?ひろ…」
沙樹のその言葉に、俺は怯えた。
俺の頭のなかに、この1年のつらくて苦い感情が湧き上がっていたのだ。
突然の沙樹の行動は、俺の思考を狂わせていた。
俺は、沙樹とちゃんとケリをつけてから東京に行きたいと考えていたはずなのに。
そうしたいと、ずっと思っていたはずなのに。
「ゴメン。俺、用事あるから。バイバイ…」
気が付くと俺は、そう言いながら、沙樹に背を向けていたのだ。
俺は、そのまま振り返らずに校門を出た。
背中に、沙樹の視線を感じながら。
気が付くと、俺の目からは涙があふれていた。
俺は結局、沙樹から土壇場で逃げたのだ。
そして。
俺は、そのとき強烈な喪失感を感じていた。
そのとき俺は、はっきりと気付いたのだ。
俺は、ずっと沙樹のことを深く愛していたことに。
たとえ、言葉を交わさなくても。
たとえ、無視され続けられていたとしても。
俺は、沙樹の姿を見るだけ。
沙樹の近くにいること。
それだけでも幸せだったのだ。
沙樹を恨んだのは、それほどに愛していたからだ。
俺は、いまさらそんなことに気付いてしまったのだ。
52
それからの日々は、東京行きの準備とライブの練習で慌ただしく過ぎていった。
俺は卒業式のあの日、沙樹への想いを再認識してしまった。
整理できていたはずの想いは、ただ沙樹を恨むという行為にカモフラージュされただけだったのだ。
だからといって俺は、いまさら沙樹と、どうこうしようとは思わなかったし、思えなかった。
しかし…。
そんな気持ちを、俺は抱えたまま過ごしていたのだ。
そんなある日、突然沙樹から電話がかかってきた。
「…明日の11時に、紙屋町のそごう前で待っているから、必ず来て…」
用件だけを伝える短い会話に、俺は震えた。
もう、逃げるわけにはいかない。
俺はもう、逃げてはいけないのだ。
沙樹と、せめて普通の関係になってから、俺は東京に行きたかった。
沙樹のことと、有紀のこと。
このふたつが、今の俺の心残りだった。
このふたつをちゃんとケリをつけてこそ、俺は美佐とまた、ちゃんと始められるような気がしていたのだ。
その夜の俺は、なかなか寝付けなかった。
頭のなかを、いろいろな想いが駆け巡る。
俺だって、意地を張りすぎていた。
だから、沙樹にもイヤな思いをさせていたはずだ。
そのことは、ちゃんと謝りたかった。
でも…。
沙樹に、なんて言おう…。
枕元に置いた目覚まし時計の針は、午前4時を回っていた。