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あの日以来、俺と有紀との関係は、さらに微妙なものとなっていた。
それはそうだ。
もしあのことが下村に知れたら、有紀と下村の仲も、俺と下村の仲も終わってしまうほどのことなのだから。
もちろん表面上は、今までの俺と有紀の関係と、何ら変わりがないように見えるだろう。
しかし。
やはり、俺と有紀は、お互いに意識しあっているのは間違いなかった。
俺は、有紀とのことで下村に対して罪悪感を感じていた。
しかし、有紀とのことを下村に伝える必要もないし、意識して有紀を避けることもしたくなかった。
有紀と下村は、ダメになったと言う割には、相変わらず仲良くしていた。
というか、かなり仲がいい感じがする。
それは、下村の浪人が確定したからかもしれない。
結局、下村は広島で浪人することになった。
下村は、とりあえず遠くには行かない、というワケだ。
俺たち3人は、相変わらず微妙なバランスで関係を保っていた。
この関係は、俺たちの卒業と共に終わるのだ。
だから、それまではこのままでいい、と俺は思っていた。
俺にとっては、もちろん有紀よりも、下村との関係のほうが大切だった。
そして、俺には美佐がいる。
俺は、やはり有紀を愛することなんて、できないのだ。
そんな感じで、俺たちはついに卒業式を迎えた。
50
1983年3月1日。
その日は、なんとなくフワフワした気分で過ぎていった。
そして、卒業式が行われる新しく出来た体育館は、寒かった。
俺には、卒業式ということ自体に、大した感慨があるはずもなかった。
なぜなら、俺は早く卒業したかったのだから。
親元を離れての、東京での独り暮らしは長い間想った夢だった。
そして、沙樹ともやっと離れることができる。
沙樹と別れてからの1年は、俺にとって地獄の日々だった。
しかし沙樹は、俺との関係をどう考えているのだろう?
これほどまでに、俺の存在を無視することができるなんて、俺には信じられなかったのだ。
なぜ?
どうして、そこまで冷たくできるのだろう?
俺は、そのことが知りたかった。
しかし…。
卒業式が終わった。
お世話になった先生に挨拶し、部活の後輩の女の子たちからタクティクスのコロンと花束をもらい、ツメエリの金ボタンは女の子たちに全部取られた。
第2ボタンは、有紀がちゃっかり持っていった。
まったく…。
今日は、このまま帰ろう。
俺は、誰かとどこに行くでもなく、そのまま学校をあとにしようと、校門へと歩く。
この門を出たら、本当に卒業なのだ。
「ひろ…待って!」
そのとき俺は、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこには沙樹がいた。