33
下村と別れた俺は、夕暮れの土手にノンビリ自転車を走らせていた。
俺と下村はその頃、童貞を失うことを「土手を走る」と茶化して使っていた。
そんなことを思い出すと、可笑しくなった。
俺の青いダウンジャケットの裏ポケットには、コンドームが入っている。
意識しないようにすればするほど、そのモノの存在と、その意味を意識した。
別れ際に、下村はこう言った。
「明日…決行するから…」
下村はきっと、明日土手を走るのだろう。
考えないようにすればするほど、俺は有紀のことを考えてしまっていた。
気がつくと俺は、いつの間にか海まで来ていた。
紅く染まる海を見ながら、俺は美佐のことを考えるようにした。
内ポケットの中身を握りしめながら、俺は美佐とのことを想像する。
次に美佐と逢うときには、俺が土手を走るのだ。
そう、俺は決めた。
この時期になると、学校にはもう行く必要がなかった。
とはいえ、暇だった俺は毎日顔を出していたが。
次の日、下村は来なかった。
有紀もいない。
ふたりで、どこかに行ったらしい。
少しだけ、胸が痛かった。
次の日も、下村はいなかった。
下村は、土手を走ったのだろうか?
「ひろ君、ちょっといい?」
そんなことを考えていた俺に、有紀が声をかけてきた。
34
突然の有紀の登場に、俺はどぎまぎしていた。
「どうしたの?ひろ君なんか変だよ?」と、有紀は屈託なく笑った。
いつものように、有紀のどうってことない話を聞きながら、俺は考えていた。
昨日、なんかあったのか?
なかったのか?
俺が知る限り、有紀は処女だったはずだ。
たぶん…。
俺は、有紀に悟られないようにしながら、体の線をチェックしたりしていた。
もちろんそんなものを見ても、何も分かるはずがないが。
何かあったような気もするし、何もなかったような気もする。
つまり有紀は、いつもの有紀と変わりがなかったのだ。
果たして昨日、下村がちゃんと土手を走ったのか?
結局、俺には分からなかった。
知りたい…。
しかし、下村に電話してまで聞くのはいやだった。
ましてや、有紀に聞くワケにもいかないし。
有紀の顔を、じっと見つめる。
あぁ、有紀ってこんな顔をしてるんだ、と今更ながらに思った。
有紀って、かわいいんだな…。
そのとき俺は、気づいたのだ。
有紀とも、もうすぐ逢えなくなる、ということに。
「ねぇ、これから一緒にどっか行かない?」と、有紀が言った。
そのときの有紀は、なぜか少し寂しそうに見えた。
俺は少し考えてから、こう言った。
「今日だけ、特別にな」