15
「…ごめん、ね。別に何かあった訳じゃなかったの」と、美佐は言った。
美佐は、自分を筆無精だと認めた。
ついつい返事を書きそびれて、時間ばかり経ってしまって…。
美佐は、そう言って俺に謝った。
俺は、素直に美佐を信じることにした。
疑っても、何も良いことはない。
そして疑うこと自体、もはや何の意味もないのだから。
「…駅まで送るよ…」と、俺は美佐を促した。
地下鉄天王寺駅のホームまで、俺は美佐を見送った。
そして俺たちは、何本もの電車を行き過ごしながら、ホームのベンチで話をした。
俺は、美佐と別れたくなかった。
美佐と、離れたくなかったのだ。
時計の針は、午後8時を回っていた。
「そろそろ、行くね…」と、美佐は言った。
俺はたぶん、春から東京に行く。
このまま離れてしまったら、もう二度と美佐に逢うことはないだろう。
俺は、そのとき思ったのだ。
美佐と、もう一度始めたい、と。
しかし…。
遠距離恋愛。
俺の頭の中に、その言葉の意味が大きく響いていた。
俺たちは、一度失敗している。
でも…。
ついに美佐は、地下鉄の車両に乗り込んだ。
俺を見る美佐の瞳が、何かを訴えている。
俺は、そのときそう感じてしまったのだ。
16
電車の扉が、閉まる…。
その瞬間、俺は思わず電車に飛び乗っていた。
「やっぱ、送る」と、俺は美佐に照れながら言った。
美佐は、俺の突然の行動にびっくりしていた。
しかし、すぐに嬉しそうに笑顔になった。
美佐の家は、京都へ向かう途中の街にあった。
天王寺からは、ずいぶんと時間がかかる。
俺と美佐はその間、あまり言葉も交わさずに、電車に揺られていた。
ふたりの間には、なんとなく微妙な空気が流れていた。
俺は、勢いで電車に乗ってしまったが、美佐との今後に関して、まだはっきりと決めかねていた。
美佐は、俺の言葉を待っているはずだ。
きっと…。
そして俺は、勇気を出すことにした。
ゆっくりと、美佐の手を握る。
美佐は、ちょっとびっくりしたようだった。
しかし、そのまま下を向いていた。
少し顔も、赤らんでいるようだ。
俺は、ドキドキしていた。
しかし、いま言わなければ。
そうしなければ、俺たちに未来はないのだから。
「…また逢って欲しい。ごめん。やっぱり俺、おまえが好きだ」と、俺は美佐の耳元で囁いた。
美佐は、ゆっくりと俺の目を見た。
そして、微笑みながらゆっくりとうなずいた。