7
夜の街を、自転車で走る。
広島は、川が多い。
だから、橋も多い。
俺は、いくつもの橋を渡りながら、美佐と過ごした日々を想いだしていた。
想いだすのは、美佐の笑顔ばかりだった。
気ばかりが、焦る。
美佐に逢いたい。
吹き出す額の汗を、トレーナーの袖で拭いながら、港を目指す。
そのうち、美佐が乗るフェリーが見えてきた…。
すでに乗船は、始まっているようだった。
俺は、まず待合室を捜した。
いない…。
美佐はもう、フェリーに乗ってしまったのだろうか?
カシオのデジタルウォッチを見る。
液晶は、20:45を表示していた。
やはり、間に合わなかったか…。
俺は、最初から分かっていたのだ。
本当に逢いたければ、もっと早く来れば良かったのだ。
俺は今日、美佐に逢うのが、本当は怖かったのかもしれない。
俺は、冷静に美佐を送る自信がなかったのだ。
フェリーの乗船口は、滑らかなスロープと階段になっていた。
俺は、乗船口が見えるところにたたずんで、フェリーに乗り込むひとの流れを見ていた。
周りには、見送りの人たちがたくさんいた。
9時を過ぎても、フェリーは出発しなかった。
?
近くにいたひとに聞くと、出発時間はどうやら9時20分らしい。
まだ乗っていないかもしれない…。
俺は、もう一度美佐を捜すことにした。
8
待合室に駆け込む。
やはり、美佐の姿はない。
俺の気持ちは、複雑だった。
逢いたいが、逢いたくない。
いや、逢いたいが、逢うのが怖い。
やはり、おとなしくフェリーを見送ろう…。
それが、一番良いように思えた。
勇気がないな…。
俺は、自分で自分のことを笑った。
「ひろゆきくん?」
そのとき、突然声を掛けられた。
美佐の声だ。
振り向くと、美佐とその後ろに美佐の家族がいた。
げっ!
恋人ふたりの別れには、あまり良いシチュエーションではない。
俺は、どぎまぎしながら、ご両親に軽く会釈をした。
気を使ってくれたのか、美佐を残してみんなはフェリーに向かった。
ちょっとホッとした。
美佐が駆け寄ってくる。
「来ないでって言ったのに!」と、美佐は言った。
言葉とは裏腹に、美佐は怒ってはいなかった。
「ありがとう、ひろ」
美佐は、恥ずかしそうにそう言って、俺に抱きついてきた。
俺は、ぎゅっと美佐を抱きしめて、こう言った。
「きっと迎えに行くからね。待っててくれ」
美佐の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
俺が見た、美佐の初めての涙だった。
乗船の最終案内を告げるアナウンスが流れた。
俺はもう一度、美佐を強く抱きしめた。