明日には、美佐が本当にいなくなってしまう。


俺たちは、その日の放課後、ふたりで公園にいた。


出発当日は、美佐もバタバタしているだろう。


だから、これがふたりが逢える最後の時間になるのだ。


俺たちは、いつものようにくだらない世間話をしていた。


実は、俺にはあまり実感がなかったのかもしれない。


いきなり美佐がいなくなってしまうなんて、ありえない…。


俺は、あえてそのことを、深刻に考えないようにしていたのかもしれない。



5時のサイレンが鳴った。


辺りはもう、真っ暗だった。


俺は、本当のことをいうと美佐とキスがしたかった。


しかし、そんな勇気は俺にはなかったのだ。


「…そろそろ行こうか…」と、美佐は言った。


美佐は、笑っていた。


無理して明るく、笑っていた。


俺は美佐の手を取って、ゆっくりと自分のほうに引き寄せた。


美佐は、少し驚いたように俺の目を見た。


ゆっくりと美佐を抱きしめる。


女を抱きしめるなんて、初めてだった。



柔らかくて、いい匂いがする…。


俺は、美佐の髪をなでながら、美佐の瞳をじっと見つめる。


少しの沈黙のあと、美佐がゆっくりと口を開いた。



「…行きたくないよ…」


美佐の瞳は、潤んでいた。


しかし、美佐は泣かないように我慢していたのだ、と思う。


俺も本当は、泣きそうだった。


しかし、いまは泣くわけにはいかない。


男は、人前で泣いてはいけないのだ。


俺は、そう思って我慢していた。



美佐をじっと見る。


胸が苦しかった。


そして俺は、ついに勇気を出すことにした。


いま、ここで美佐とキスするんだ!



俺は、ゆっくりと美佐に迫った。


美佐は、それをゆっくりと避けながら、こう言った。


「今は、まだダメ…。だから…。これで許してね」


そして美佐は、俺の左のほっぺにキスをした。


ゆっくりと、優しいキスをした。



美佐を家まで送る。


ふたりは、何も話さずに歩いた。


手をつないで、歩いた。


「また大阪でね…」


そう言ってマンションに消えて行く美佐の姿が、涙でにじんで見えた。



次の日。


ついに、美佐が大阪に行く日がきた。


俺は、学校から帰ってきてから、ひとり部屋でボーっと過ごしていた。



美佐に逢いたい。


やはり、もう一度逢いたい。



気が付くと俺は、家を飛び出していた。


自転車に飛び乗って、宇品の港に向かう。


カシオのデジタルウォッチは、19:48を示していた。


宇品までは約40分だ。


俺は、美佐に逢えるのだろうか?