112
クリスマスのスペシャルコースは、だいたいガッカリするハメになる事が多い。
しかしその店は、いつも以上にちゃんとした料理を出してくれた。
落ち着いた、良いクリスマス…。
表面上は、そんな風に見えるかもしれない。
しかし、俺も沙樹子も、本当はそんな気持ちではない。
とはいえ俺は、気持ちをナチュラルにして沙樹子と向かい合っていた。
離れていた時間は、そんなには長くない。
しかし、俺の心は確実に沙樹子から離れてしまっていた。
沙樹子の顔を、じっと見つめる。
なぜか俺は、沙樹子が初めて逢った知らない女のように感じられた。
ふと思った。
俺は沙樹子の、何を見ていたのだろう?
何を愛していたのだろう?
イタリアンのコースは順調に進み、ふたりはエスプレッソの香りを楽しんでいた。
「なぁサッコ…。俺たちのことなんだけど…」
俺は、ついに核心の話を切り出した。
「…ここではその話はやめましょう。ひろ…。わたし、ひろの部屋に行きたい…」
沙樹子は、そう言ってゆっくりと微笑んだ。
その笑顔は、今まで見たこともないくらい美しくて、悲しい笑顔だった。
俺たちは、池袋西口からタクシーに乗り、江古田に向かった。
113
俺と沙樹子は、久しぶりに一緒の夜を過ごしていた。
俺の部屋で。
ふたりきりで。
俺たちは、黒い革張りのカウチソファーに腰を下ろす。
エアコンでは、冷えた部屋はなかなか暖まらない。
俺は、沙樹子の手を取り、少しは温かい俺の手のひらで暖める。
「…相変わらず優しいね」と、沙樹子は笑った。
そうしながらも俺は、すぐそばにいるはずの沙樹子が遠い存在のように思えた。
俺は、女と別れるのが苦手だ。
それも、自分から別れを口にするのが。
だから、今までは女のほうから別れを口にするように仕向けてきた。
というか、ほったらかしにしておけば、自然に女は離れていくと思っていた。
しかし、沙樹子は戻ってきた。
俺は、混乱していたのかもしれない。
沙樹子を、失いたくなかった。
正直な気持ちを言えば、そうだ。
しかし…。
その感情は、未練でしかないのだ。
今となっては、俺の沙樹子への気持ちと陽子への気持ちは、比べようもなかった。
俺は、本当に陽子を愛している。
それを今、はっきりと感じていた。
俺は沙樹子の肩を抱きながら、そんなことを考えていたのだ。
その時、沙樹子が突然こう言った。
「今日で終わりにしよう、ひろ…」