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瞳とは、一応電話番号を交換して別れた。
虚しかった。
果たして次があるのか、ないのか。
まぁ、どちらでも良いのだが。
俺は、なるべく何も考えないようにしていた。
理由や意味など、必要ないのだ。
俺は、あえて無茶をしてやろうと決めていた。
そんなとき、俺の前に現れた女。
それが、陽子だった。
陽子と出逢ったのは、池袋の例のクラブだった。
俺は、時間ができると、相変わらず独りであの店にいた。
レゲエのリズムが、心地良い。
ぼんやりと過ごすには、最高の場所だ。
いまの俺にとって、この場所は、本当に大切だった。
名前も知らない顔見知りが、たくさんいる場所。
お互いに余計な詮索はしない。
それが、この場所の暗黙のルールだった。
そしてそれが、楽でもあったのだ。
俺は、独りでここに来ることに決めていた。
唯一の例外は、沙樹子だけだった。
あれから、沙樹子とも逢っていない。
沙樹子とも、ちゃんと結論を出さなければ…。
俺は、中途半端は嫌いだ。
俺への愛情があるならば、先があるかもしれない。
そうでないならば、時間のムダだ。
そんなことを考えていた俺に、いきなり抱きついてきた女。
それが、陽子だった。
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「久しぶり!元気だった?」と、その女の子は叫ぶように言った。
フロアには、ベースの効いたレゲエが鳴り響いている。
俺は、その子を引き寄せ耳元でこう言った。
「あぁ、まあね。君はどう?」
実は、彼女と逢ったのは初めてだった。
まぁ、そんなことは大した問題ではない。
俺は、いつものように背の高い椅子に腰掛けて、フロアで踊る彼女を見つめていた。
適度にシスターっぽさを感じさせるファッションが、イイ感じだ。
あまりにもディープなシスターだと、こちらも引いてしまう。
何事も、適度が大切なのだ。
それにしても、彼女のダンスはセンスがいい。
リズムの取り方が、イイ感じなのだ。
どうやら、俺とは気が合いそうな気がした。
彼女は、踊りながら俺をチラチラと見ていた。
俺は、マルボロを吹かしながら、右手の中指、人差し指の二本の指を、小さく左右に振ってみせた。
彼女は、それに気付いて同じように指を振る。
かわいい。
二十歳くらいだろうか?
タイトなジーンズが、細い腰に似合っていた。
俺はフロアに出て、彼女のそばまでゆっくりと歩く。
そして、初めて俺は聞いたのだ。
「名前教えてくれるかな?」と。