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メッセージは、やはり恭子からだった。
当たり前すぎて、つまらない…。
とはいえ、俺は計算通りに事が進んでいることがうれしかった。
午後11時17分のメッセージは、こんな具合だった。
「ひろ…。今日はありがとう。でも、どうして帰ってしまったの?まだ話したいことがたくさんあったのに…」
恭子は、酔っているようだった。
そして、泣いていた。
「ねぇ、逢いたいの…。これから家に来てください。ずっと待ってるから…」
今から20分ほど前のメッセージだった。
俺は、マルボロをくわえながら考える。
恭子を、じらすか?
今晩、片を付けるか?
俺は、自分の欲望に正直に動くことにした。
今晩、恭子を抱く…。
俺は、恭子に電話をかけて、恭子の住所を聞く。
東上線の池袋に近い駅の名を、恭子は告げた。
俺は、エアロレザーのホースハイドシングルライダースジャケットを羽織る。
もちろん色は、ブラックだ。
そして、ベルのオフロードタイプのヘルメットを手に取る。
革のグローブとゴーグルも一緒に、だ。
俺は、家の前に停めていた、中古で買ったばかりのホンダCRM50に跨り、恭子の部屋を目指す。
今は、あの男と立場が逆転している。
なんとも、皮肉な話だった。
俺は、環七を原付オフロードバイクで走りながら、そんなことを考えていた…。
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恭子の部屋は、俺にとっては異質の空間だった。
当たり前だ。
恭子が、俺ではない男と過ごす空間なのだから。
恭子の趣味ではない家具やカーテンが、俺を不安な気分にさせる。
しかし、懐かしい匂いが鼻をつく。
この香りは…。
恭子は、かなり酔っていた。
しかし、俺の顔をしっかりと見てこう言った。
「クリームシチュー作ったよ。ひろ大好きでしょ?だから…」
俺は、なんともいえない気分だった。
恭子…。
悲しすぎるよ…。
俺には、シチューを作って待つ恭子の気持ちが、本当に痛かった。
「ねぇ、して…」
恭子が、俺にすがりつく。
半開きになった唇が、俺を誘う。
俺は、すでに恭子に対しては冷めている。
しかし、未練も情も、まだちゃんと片付けられてはいなかったのだ。
だから、今日はそれを片付けるためにここに来た。
恭子をベッドに押し倒しながら、俺は目をつむる。
さようなら、恭子…。
すべてが終わったあと、恭子は裸のまま、酔いつぶれて眠ってしまっていた。
せっかく作ったシチューも、煮込み過ぎてもう食べられないだろう。
俺は、恭子の部屋を後にする。
白みかけた空が、涙ににじんでいた。
もうこれで、本当に終わろう。
俺は、そう誓った。