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恭子の態度は、徹底していた。
まるでもうこの世の中に、すでに俺という存在がなくなってしまったかのように振る舞う。
全く顔を合わせないなら、それはそれで楽だったかもしれない。
しかし、もともと近所に住んでいるのだ。
顔を合わせることもある。
恭子は、新しい男と仲よさそうに歩く。
俺と恭子が暮らした、俺たちの街を。
恭子は、俺にわざと見せつけ、それを楽しんでいるようにも見える。
恭子とは、あれ以来話すらできていない。
しかし、俺の留守電にたまに恭子はメッセージを残していた。
聞きたくもない話ばかりだ。
いかに新しい男がいいか?という話。
しかし、たまには俺が恋しいと入れてくる。
しかし、それすらも恭子の作戦だったに違いない。
俺は、ほんのちょっと前までの恭子と、あの日からの恭子が同じ人間とは思えなかった。
たぶん長い時間、俺への不満を溜め込んでいたのだろう。
そして俺はそれに気づかず、恭子はそれをギリギリまで溜め込んだのだ。
もともと気づく気もなく、話し合う気もない。
そんな関係だったのだから、仕方ないのだが…。
しかし、豹変とはまさにこんなことをいうのだろう。
俺は、女への恐怖と共に、恋愛の儚さに落ち込んでしまっていたのだ。
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恭子への電話は、その頃以来だ。
女への不信感と、自分の不甲斐なさ。
そんなマイナスの感情だけを抱えて、冬を過ごした。
夏の始まりに沙樹子に出逢って、俺は光を見つけた。
そのはずだった。
しかし、また冬になって、俺は光を見失ってしまった。
俺は、いかに冷徹に女を扱えるか?を自分にテーマとして与えたのだ。
自分の感情が、相手の感情に影響を与える。
それは適当でも、好きになりすぎても同じ。
ダメなのだ。
それならば、感情を持たずに接したほうが良い。
そのほうが、俺にとっても楽だ。
俺は、そう生きてみようと決めたのだ。
まず、その実験の第一段として選んだのが恭子だ。
必ずもう一度、恭子を振り向かせてみせる。
俺は、そう心に誓ったのだ。
恭子は引っ越していたが、最後に電話番号だけを留守電に残していた。
長いコールのあと、電話が繋がる。
「もしもし…?」
恭子の声が聞こえてくる。
「あぁ、俺だ。ひろだよ。久しぶり…」
恭子は、突然の電話に戸惑っていた。
相手が動揺しているときこそ、こちらのチャンスだ。
俺は、これから何重にも仕掛けて行くのだ。
そう。
甘い罠を…。