72
「誰だよ、お前…」と、俺はうなった。
この状況は、いったい何なのだ?
明らかに、考えられる最悪の状況だ。
女の部屋で、ふたりの男がハチ合わせ。
そして、古い方の男、つまり俺にとっては分が悪いということだ。
新しい男が、ゆっくりと口を開く。
「あぁ…。ひろくんだよね…。恭子からよく話は聞いてるよ。会いたいと思ってたんだ」と言う。
俺より5つは年上だろうか?
その男は、悔しいくらいに落ち着いていた。
イヤミもない、いい感じの男だ。
俺は、一瞬にして自分の負けを察した。
コイツにはかなわない…。
「君には感謝してるよ。恭子をいい女に育ててくれて…」
俺が、ふざけるな!と言いかけたそのとき、恭子がバスルームから現れた。
濡れた髪を、タオルで拭っている。
俺は、一瞬にして頭に血が上った。
「恭子、お前…」
俺の言葉を遮るように、恭子が冷たく言い放った。
「出てってよ。もういいでしょ?もうほっておいてよ…好きでもないくせに…」
俺は、複雑な気持ちだった。
確かに、恭子のいう通りだ。
確かに、そうなのだ…。
恭子は、泣きながらその男に抱きついていた。
喪失感と敗北感が、俺を包む。
俺は、何も言えずに恭子の部屋を出た。
俺は、そのときになって初めて気付いたのだ。
俺にとって恭子が、どれだけ大切な存在だったのか、に。
73
恭子の部屋には、俺の持ち物がたくさん置いてある。
この数年、一緒に暮らしていたのだ。
その荷物すべてが、宅配便で送りつけられて来た。
テレビ、ワープロ、コンポから、服はもちろん、食器からコーヒーカップまで…すべてが、だ。
よくもまぁ、ここまで…。
俺は、半分感心しながら、半分呆れていた。
恭子は、それほどまでに俺のことを恨んでいたのか。
俺は、部屋に溢れる荷物を見ながら、考える。
やはりもう一度、恭子とやり直したい。
一緒に過ごした年月は、恭子だってすぐに忘れられるはずがない。
カラダだって、馴染んでいる。
簡単に忘れられるはずがない。
それは、恭子もそう感じているはずだ…。
きっと…。
俺は、恭子に電話をかける。
しかし、当然、恭子とは連絡がつかなかった。
俺は、それでもまだ、恭子を信じたかったのだ。
必ず恭子は許してくれる。
俺だって、ずっと恭子を許してきたのだ。
恭子には、俺が必要なのだ。
俺がこれからは、ちゃんと恭子を愛する。
そう伝えることができれば、きっと大丈夫だ…。
俺は、甘く考えていたのだ。
そして俺は、女の本当の怖さを知ることになる。