58
俺は、泣いている栞を抱きしめる。
「ごめん、栞…」
栞は、相変わらず泣きじゃくっていた。
「栞ね、お兄ちゃんのことが本当に好きだったの…。いつも優しくて、何でも楽しそうに話を聞いてくれて…」
俺は、何も言えなかった。
栞、それは俺も同じだよ…とは、言えなかったのだ。
本当は、そう思っていたとしても…。
それから俺たちは、ベッドに並んで寝転びながら、長い時間話をした。
子供の頃の話や、好きな本の話…。
俺たちの気持ちに関係する話は、お互いにもうしなかった。
いつの間にか、始発電車が動く時間になろうとしていた。
「もう帰ったほうがいいよ…」と、俺は栞にそう言った。
栞は、黙ってゆっくりと頷いた。
ホテルを出た俺たちは、歌舞伎町を抜け新宿駅東口へと向かう。
もう手は、つないではいない。
もう全ては、本当に終わってしまったのだ。
しかし俺は、このまま一生栞と逢えなくなることが怖かった。
そのとき、そんな思いが急に湧き上がってきた。
マイシティの階段で、栞が立ち止まる。
「さようなら、お兄ちゃん…」
俺は、栞の小さな体を抱きしめる。
もう、あきらめなくてはならないのだ…。
栞が、ゆっくりと顔を上げて俺の目を悲しそうに、じっと見つめる。
そしてゆっくりと目を閉じた…。
俺と栞は、最初で最後のキスを交わした。
59
それからの俺は、気が抜けたような毎日を送っていた。
失った後で、いつも本当の大切さに気付く。
そんなもんだ。
俺は、栞を間違いなく愛していた。
妹という言葉で、気持ちをごまかそうとし、そう栞に接した。
しかし、そう思っても、やはり気持ちの力には勝てなかった。
俺は、ギリギリのところで思いとどまったのだ。
栞に、俺の本当の気持ちを伝えなかったことは、幸いだったに違いない。
俺は、沙樹子を失いたくはなかったのだ。
それでも俺は、沙樹子に逢っているときでさえ、栞のことを考えてしまっていた。
こんなんじゃ、栞を諦めた意味がない。
沙樹子を、もっとちゃんと愛そう。
俺は、そうしなければならないのだ。
「サッコ、旅行に行かないか?」
俺は、沙樹子を旅行に誘った。
その旅で、もっと沙樹子を愛そう。
そして、栞を忘れるんだ…。
俺は、そんな風に考えていた。
次の休みに、俺たちは連休を取った。
車での浜名湖への旅に出るのだ。