56


新宿に早めに着いた俺は、そのままアルタに向かった。


ちょっと早いが、アルタ前で栞を待つことにした。


今日は、そんな気分だった。


待ち合わせの時間まで、あと25分。


そのとき、栞が突然俺の目の前に現れた。


今日の栞は、今までで一番かわいく見えた。


「早いね、お兄ちゃん!あたしも早いけど」と栞は笑った。


今日の栞は、いつもの栞に戻っていた。


ただひとつ違っていたのは、歩くときに俺から少し距離を取っていることだ。


俺は、以前の栞との関係には、もう戻れないことを知った。


お互いに惹かれあいながらも、それを明らかにはしない、そんな微妙な関係。


俺たちは、そんな関係が心地よかったのだ。


しかし、そんな関係は、すでに終わりを告げていた。


5分後。


俺たちは、地下にある新宿通り沿いのバーにいた。


あまりお腹が空いていないという栞は、キーシュをたのむ。



今日の栞は、とても楽しそうに見えた。


いつものように、小さな出来事を話してくれる。


俺は、そんな栞を見るのが辛かった。


「お兄ちゃん、お願いがあるの」と、栞がはっきりした口調で切り出した。


「最後に…連れて行ってほしいところがあるの」


ロレックスの針は、すでに午後10時30分を回っていた。


57


店を出た俺と栞は、明治通りを池袋方面に向かって歩く。


俺たちの手はいま、つながっていた。


「カップルなら手をつながなきゃ!」栞は、そう言ってはしゃいだ。


大久保通りの手前を、左に入る。


と、そこはラブホテル街だ。


栞は、楽しそうに辺りを見回している。


「わぁー。なんだか緊張するね」と、栞は言った。


緊張していたのは、実は俺のほうだった。


栞とそんな場所に行くことになるとは、全く予想外だった。


しかし、栞にそこまで言われたら仕方ないだろう。


と、俺は自分自身を納得させた。


「お兄ちゃん、ここがいい」と言いながら、栞は俺のひじにしがみついてきた。



俺たちは、そのホテルに入る。


アーリーアメリカン調の洒落たホテルだった。


部屋に入る。


さすがに、新宿のホテルは狭い。


入るとそこは、すぐにベッドという感じの部屋だった。


「プロジェクトC完了だね…」と、俺は栞に声をかけた。


栞は、押し黙ってベッドに腰掛けている。


「…ウソだもん。ホントは、プロジェクトCなんてないんだもん…」


栞の頬を、一粒の涙が流れた。