54
栞からのメッセージは、泣き声だった。
「お兄ちゃん…どうして連絡くれないの?こんなの辛すぎるよ……最後に一度だけ…逢ってください。連絡待っています…」
栞には、もう自分からは連絡しない。
そう決めたのだ。
しかし、これで連絡しなければ、必ず後悔する。
きっとそうだ。
俺の気持ちは、ふたつの選択で揺れる。
電話するか?
栞を忘れるか?
…栞は、何も悪くない。
悪いのは俺だ。
俺は、栞の気持ちを無責任に扱ってしまった。
そして、大好きな栞を悲しませてしまった。
俺は、悩んだ末に受話器を取り、栞の家の番号をプッシュする。
やはり、未来への後悔は残したくない。
数コールで電話が繋がる。
栞だ。
「お兄ちゃん…。ありがとう。電話くれたんだね…」
栞の声は小さく、そして力がなかった。
明らかに、いつもの栞ではない。
…そして、短い電話が終わった。
明日の夜、8時半に新宿アルタ前で。
俺と栞は、最後の待ち合わせをした。
55
次の日。
珍しく夕方早めに仕事が片づいた俺は、一度家に帰った。
ぬるめのシャワーをゆっくりと浴びながら、栞のことを想う。
俺は、本当は恋ではなく、栞を愛してしまっていたのではないだろうか?
恋が単にこがれるものならば、愛は与え続けるものだ。
栞に対して、直接は、そうでなかったかもしれない。
確かに栞に対して、俺は冷たい態度を取っていた。
しかし…。
封印したはずの気持ちは、明らかに恋というよりは愛だったのではなかったのか?
すべてが大切に思え、すべてを許せるそんな気持ち。
それが愛というならば、俺は間違いなく栞を愛していた。
濃いめのブルージーンズに、白いシャツと黒い麻のジャケットを合わせる。
ロレックスを左手にはめて、黒いレッドウイングのワークブーツを履く。
ロレックスの針は、午後7時6分を指している。
「さぁ、行くか…」
今日で栞と逢うのは、本当に最後になるかもしれない。
俺はそのとき、なぜかそんな気がしていた。