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新宿からの帰り道。
俺は、山手線に揺られながら栞のことを考えていた。
栞が愛おしい。
それがいまの俺の、正直な気持ちだった。
しかし、この想いは沙樹子への気持ちとは違う。
そう。
違うはずだった。
でも。
しかし…。
沙樹子への気持ちが愛だとすれば、栞への気持ちは恋なのかもしれない。
俺は、そう思い当たった。
というか俺は、そう考えようとしていたのかもしれない。
…もう恋なんてしないはずだったのに。
沙樹子への気持ちを確認したあの夜から、俺はそう誓ったはずなのに…。
俺は、自分で自分が分からなくなっていた。
俺は、栞への気持ちをコントロールしなければ、と思った。
そして、ひとつの決意を固めた。
やはり、栞とは距離を置かなければならないだろう。
俺は、そのときから栞への思いを封印してしまったのだ。
53
それからの俺は、無理やりにでも沙樹子との時間を作るようにした。
ゆっくり逢えないときでも、沙樹子の病院近くまで出向いて、話す時間を作る。
そして、可能な夜は、沙樹子は俺の部屋に泊まるようになっていた。
俺と沙樹子の関係も、始まりの浮かれ気分の時期は過ぎて、落ち着いた日常へ変化してきていた。
必然的に、俺の留守電には、以前のように沙樹子からのメッセージが入ることは少なくなっていた。
その代わりに入るメッセージは、ほとんどが栞のものだった。
「お兄ちゃん、元気?栞です。あのね、今日ね…」
そんなメッセージが毎日のように入っていた。
俺は、自分から栞に電話することはない。
そう決めていたからだ。
栞からのメッセージを聞くと、俺はいつも心が傷んだ。
こんなにも俺のことを慕ってくれる女は、今までにいなかったかもしれない。
俺は、栞に対して罪悪感を感じ始めていた。
どうでもいい女ならば、そんな気持ちにはならない。
つまり俺は、まだ栞に対しての感情を捨て切れないでいたのだ。
そんなある日のことだった。
留守電に入っていたひとつのメッセージ…。
それが、俺の本当の苦悩の始まりだった。