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ナインボールに飽きた俺は、ひとりカウンターでジンジャーエールを飲んでいた。
今回は、気分が重い出張だった。
沙樹子とのことは、このまま壊れる気はしなかったが、関係修復には時間がかかるかもしれない。
そんなことを考えているところに、肩を叩かれた。
俺の右隣りには、いつの間にか栞が座っていた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。写真のこと教えてよ。あたし、大好きなんだ!」と、話かけてくる。
「いきなり、お兄ちゃんかよ…」と、俺は思いながらも、栞の真っ直ぐで真剣な眼差しをまぶしく感じていた。
栞の質問は、思ったよりも本格的なものだった。
写真光学やフレーミングなど、質問は専門的で、的を得たものだった。
俺は、栞に親近感を感じはじめていた。
そしてそれは、栞も同じだったに違いない。
41
俺と栞は、いろいろな話をした。
栞はA型で、一人っ子で…。
身長が低いことを気にしているとか、もう少し痩せたいとか…。
栞は、自分からいろいろと教えてくれる。
深夜のプールバー。
その喧騒のなかで、俺たちのまわりだけは、穏やかな空気が流れていた。
そして栞は、自分の恋愛についても話を聞いて欲しいと言った。
憧れている先輩がいるのだが、最近友達と付き合い始めたらしい。
それでも先輩のことが好きで、でも友達も大切で…。
まぁ、よくある話なのだが、栞にとっては、もちろん人生最大の問題なのだろう。
解決策は、他の男を好きになることしかない。
とはいえ、それをいまの栞に言うのは酷に思えた。
俺は、そんな話をしているうちに、栞を妹のように感じはじめていた。
いや、正確にいえばそうではなかったのかもしれない。
しかし、俺は栞を妹のように扱うことを心に決めた。
俺には、沙樹子がいる。
だから、そうしなければいけない、と俺は思ったからだ。
そしてその選択が、やがて俺と栞のふたりを苦しめる原因になるとは、そのときは夢にも思わなかった。