24


山下沙樹からのメッセージを聞いた次の夜、俺は新宿東口の富士銀行前に立っていた。


ロレックスを見る。


午後8時35分か…。



沙樹からのメッセージは、一方的なものだった。


明日の夜、逢いたいから必ず来て…。


まったく、あの女らしい。


こっちの都合は、お構いなしだ。


来られなかったら、どうするつもりなのだろうか?


昔と、何も変わっていない…。


そう腹を立てながらも、正直俺は沙樹と逢えることを楽しみにしていた。



最後に沙樹と逢ったのは、高校の卒業式だった。


同じクラスだった二年生の冬に、沙樹にフラれた。


二年、三年とクラス変えは行われなかったので、イヤでも沙樹と毎日顔を合わせるハメになった。


沙樹と俺は、お互いにまったく関心がないフリを続けた。


顔を合わせても絶対に言葉を交わさない、そんな関係。


そんな毎日が続く。


卒業は、そんな苦しみからの卒業でもあった。


卒業式が終わった俺は、後輩の女の子から貰った花束や、タクティクスのオーデコロンを抱えて校門へと向かった。


学ランのボタンは、当然すべてなくなっていた。


そのとき、後ろから声をかけられた。


沙樹だった。


25


沙樹が、近づいて来る。


俺は、緊張していた。


「一緒に帰る? ひろ…」と、沙樹は言った。


「ごめん。用があるから…」と、俺は言った。


本当は、用なんてなかったのに…。



それから、7年の時間が流れた。


沙樹と逢うことは、一度もなかった。


そう言えば、一度だけ手紙が来たことがある。


沙樹は神戸の大学へ、俺は東京の大学へ。


そんな生活が始まってから、二ヶ月が経ったころだったろうか。


沙樹からの手紙には、大学生活が楽しいとか、先輩の彼ができたとか、俺にとっては、もうどうでもいいことしか書いてなかった。


俺は形式的な返事を、ハガキで一応出しておいたが、それっきりだった。



俺は、マルボロにジッポーで火を点けながら、思い出をたぐるのをやめにした。


俺は、何をやっているんだろう?


いまさら、何がしたいんだろう?


ロレックスの針は、午後8時50分を指していた。