12
俺は、沙樹子の仕事のシフトを、カンペキに把握していた。
つまり、逢える日も分かっていた。
しかし、俺のスケジュールが合わない。
テレビカメラマンをしている俺は、その頃大きな仕事を抱えていて、ムチャクチャなスケジュールで日本中を飛び回っていた。
電話をかけてもいい時間に仕事が終わることも珍しく、沙樹子との連絡も途絶えがちだった。
それでも俺は、時間を作っては沙樹子に電話をかける。
少しの時間でも話がしたい、と思ったからだ。
沙樹子は、俺の留守電にメッセージを入れてくれるようになっていた。
最初はメッセージを入れるのをイヤがっていたが、これだけ連絡が取れないと仕方ないと思ったのだろう。
俺は、沙樹子が吹き込んだメッセージを、深夜、出張先のホテルの部屋で聞く。
今日あったこと、思ったこと、感じたこと。
そんなメッセージを聞いていると、俺の心は安らいだ。
早く、東京に帰りたい。
早く、沙樹子に逢いたい。
狭いビジネスホテルのベッドに寝転がり、沙樹子のことを想う。
今日は白い天井が、やけに広く感じられた。
やはり、逢わないと不安なのだ。
自分に自信がある訳ではない。
自信があるようにカッコつけてはいるが、いつまた彼女が離れて行くのかと考えてしまう。
これまでの恋愛から、どうしても女は信用できない。
俺は、そんな風に思っていた。
しかし、こんなことでは、また今までと同じだ。
俺は、もう一歩踏み出す必要がある。
俺自身が変わろうとしなければ、何も変わらないのだ。
今度沙樹子に逢うときには…。
俺は、ある覚悟を決めていた。
13
池袋東口、午後8時の待ち合わせ。
西武線改札地上出口の前にあるフラワーショップに、約束の15分前に到着した俺は、緑を見ながら沙樹子を待つ。
シルバーのロレックスデイトジャストを見る。
針は、8時15分を指していた。
といっても、俺はいつも時計の針を10分進めているのだが。
俺は、ガラにもなくドキドキしている。
そのとき、後ろから声をかけられた。
「ごめんね、遅れて…。ひろちゃん。久しぶりだね!」
沙樹子は、走ってきたのだろう。
上気した顔で、俺の目を真っ直ぐに見つめている。
俺は一度、視線を自分の足元に落とす。
もう意地をはったり、カッコつけたり、変に冗談ぽくごまかしたり、そんなことはヤメだ。
自分の気持ちをちゃんと、正直に伝えたい。
俺は、そんなことを思いながら、ゆっくりと沙樹子の目を見つめ返す。
今の俺たちに、言葉はいらなかったに違いない。
しかし、言葉にしなければちゃんと伝わらないことは、たくさんあるのだ。