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俺はフロアを突っ切って、トイレの脇にある電話室に入る。


そして、テレフォンカードを青いタウカンの財布から取り出す。


この財布は、開くときにマジックテープがバリバリうるさい。


でも、それが気に入っていた。


フロアからは、レゲエのベース音がガンガン響いていた。


俺は、暗記していた沙樹子の家の電話番号をプッシュする。


沙樹子は、ライチを食べただろうか?


俺は、自然と頬がゆるむのを感じていた。


しかし、ふと思い直して、取り上げていた受話器を元に戻して、電話室からフロアに出る。


そして、出口に向かった。


俺は、急いで自分のアパートに戻ることにした。


あんな落ち着かない場所からは、電話したくなかったからだ。


東口駐車場からポルシェを出して、明治通り、十三間通りと車を走らせる。


客を拾うタクシーが邪魔で、もどかしい。


急いで部屋に戻り、沙樹子に電話する。


午後9時55分。


沙樹子は、いるだろうか?


11


長いコールの後、電話に出たのは、沙樹子のお母さんだった。


俺は、一瞬ビビりながらも、なるべく明るく話をする。


「あっ、初めまして・・・。あのぅ、沙樹子さんはいらっしゃいますでしょうか?」


「こんばんは。ちょっと待ってくださいね…」


少しの時間のはずなのに、俺には長く感じる。


次に電話に出たのは、またお母さんだった。



お母さんによると、沙樹子は眠ってしまっているらしい。


このところ、仕事のシフトがハードだったようだ。


昨日も、ほとんど寝ていなかったらしい。


俺は、沙樹子と話せなかったのは残念だったが、沙樹子の優しさを感じることが出来て、とても嬉しかった。


今日の沙樹子は、疲れているようには、全く見えなかったからだ。


本当は、疲れていたはずなのに・・・。


そう見せないように、明るく振る舞っていたっけ。


俺は、もうカンペキに沙樹子にやられてしまったらしい。


いますぐにでも、沙樹子に逢いたい。


しかし、俺が沙樹子と次に逢えたのは、それから1ヶ月後のことだった。