8
長く暗い階段を、地下に降りて行く。
入口で2000円を払って、フロアに出る。
ここは、レゲエしかかからないクラブだ。
名前は知らないが、顔見知りがたくさんいる場所。
しかし、この時間ではさすがに人は少ない。
俺は一度バーに寄って、いつものようにジンジャーエールをたのむ。
そしてフロアの脇の背の高い椅子に腰掛けて、マルボロのソフトパックから一本取り出し、リアルシルバーのジッポーで火をつける。
大下沙樹子、か…。
俺は、今日逢っていた彼女の名前をつぶやく。
あの女と、あまりにもよく似た名前。
これも奇跡なのだろうか?
俺は二本目のマルボロに火をつけながら、高校のときの、どうしても忘れられない女の名前をつぶやく。
山下沙樹…。
9
高校のとき、ひどい失恋をした。
こんなに涙って出るものだと知った、17歳の冬。
山下沙樹からの別れの手紙は、手編みのセーターと共に、俺の誕生日を少し過ぎて届けられた。
その手紙には、緑色のボールペンでこう書いてあった。
「着るなり捨てるなり勝手にしてください」と。
ただそれだけの言葉で、終わった恋。
俺は、何故沙樹がそうしたのか、何故離れて行ったのか、訳が分からなかった。
そして自分を納得させるために、その理由を、沙樹がB型だからだと思い込んだ。
だから仕方ない。
どうしようもない。
A型の俺とは、最初から無理だったんだ、と。
俺は、長くつながったマルボロの灰が、フロアに落ちたことに気付く。
そして、大下沙樹子がたぶんB型に違いないと感じた。
しかし、既に覚悟はできていた。
それでもいい。
今の俺は、あの頃の俺ではない。
ジンクスは、自分で破る。
俺は、ジンジャーエールを一気に飲み干しながら、沙樹子をこの店に連れてこよう、と決めた。
いままで誰も連れて来なかった、この場所に。