あるブロ友さんから叱咤激励のメッセージをいただきました。
夫の行動は身勝手だけど、私もまた娘を一番に考えることができていなくて、身勝手なのだということ。
それを皮切りに具体的に相談にも乗っていただいて、少しづつ自分の気持ちに変化がでてきました。
私は前回の別居では、早く家に戻りたい。
夫の身勝手で追い出されている。
なんでこんなにも話し合う姿勢を持ってくれてないんだ。
私にだって娘にだって生活がある。
と、夫に対する怒りがほとんどで、自分を振り返ること、こうなってしまった理由の本質を見ることができていませんでした。
だからこそ、戻っても夫を追い詰めるだけで、またすぐ同じように別居に戻ってしまったんだということにやっと気付くことができました。
夫のため娘の為、家族のためにと頑張っていたつもりだったけれど、本当は自分が良く見られたい、感謝されたい、そんな傲慢な気持ちで家事育児に取り組んでいたのだと思います。
だからこそ、夫の家事や育児に対する希望や指摘をわざわざ悪く受け止めてしまい、喧嘩に発展させてしまっていたんだと気づきました。
私のエゴが強くなければ、本当に家族の為を思って動けていたら、夫の言葉を悪く捉えることもなかったと思います。
それにいつも私は自分の気持ちを落ち着ける為だけに、夫に対してすぐに結論を求めてきてしまっていました。
夫の待って欲しいという気持ち、夫の時間が欲しいという気持ちを待ったこと、一度も無かったように思います。
いつも夫にひぃは俺の言うことをまったく聞かない、俺が信じられないの?
って言われていたのに、私はその度に、
詳細が分からないと、夫の考えている方向が見えないと、私だって信じること、待つことなんて出来ないって思っていました。
前回の別居でもそんな風にしか考えられなかったんです。
でも、信じるってそういうことじゃないですよね。
相手が考えてるというなら、そこに全てを委ねて、結果を待つこと、結果を受け入れていくことが相手を信じているってことなんだと気付きました。
相手を信じていればそれが出来たはずなんだってことにも気づかされました。
何を言っても分かってくれない私に対しずっと夫は、どう言えばわかってくれるんだろう。
どうして毎回同じ結果になるんだろう。
きっとそう思っていたんじゃないかと思います。
そして、手を尽くしても変わらなかった私に別居という形で時間を置くことでやり直す機会を与えてくれたのに、結局私は目先のことばかりで、元の生活に戻りたいばかりを主張して、夫が別居を選んだことに対しきちんと向き合ってきていませんでした。
だから、夫の心が離れてしまったのだと気付きました。
それでもまだ、夫はすぐに離婚ではなくまた別居という形で夫婦として、家族としての関係を残してくれたので、今度こそ夫のタイミングをしっかり待ちたいと思います。
その方の叱責が無ければ私はまだこの事に気付かず、最後のチャンスすら棒にふっていたと思います。
いつかまた3人の生活に戻る日まで、娘を守りながら、焦らずじっくり夫の結論を待ちたいと思います。