二つの薄い影は僕と女の子の向かいに座った。
列車が揺れると影も揺れる。
体型は僕たちとよく似ている。
「あなたはどこに行くの?」
突然女の子が僕に聞いてきた。
そうだ。僕の膝にはリュックがある。
ポケットから紙を出し彼女に見せた。
「これを集めないとならないんだ」
少女は黙って紙を見つめていた。
濃い緑のグラデーション。
まるで森だ。
列車の音が小さくなり虫の声が聴こえてくる。
なぜだか女の子もここで列車を降りた。
「はい」
少女は僕に紙を返すと右に歩いて行く。
さよならも言わずに。
どうしようか。
婆ちゃんの昔の家は確か左だ。
「よし」
とりあえず行こう。
ゆっくりしてる時間はないんだから。
蔦が家に生えている。
緑の葉で壁は覆われている。
まるで家全体が木のように見える。
夏休みに遊びに行くとリスがその蔦を登っていた。
緑に包まれた家は真夏でもとても涼しくて空気が濃い。
その地下には隠し部屋があった。
こっそりドアの隙間から覗くと婆ちゃんが不思議な呪文を唱えていた。
「ない」。
緑に覆われた家どころか近所にあった森も何もかもがなかった。
広がっているのは整地された土地だった。
所々には家が立っている。
まばらに。
「好評分譲中」と書かれた看板。
その色も既に褪せている。
電柱に貼られたぼろぼろのチラシ。
「ここだ」
番地表示を見て僕の身体から力が抜けていった。
ねっとりとした風が吹いてきた。
薄暗い雲が広がってくる。
雨が降りそうだ。
「どうしよう」
僕が呟くと肩を叩かれた。
「行こう」
振り返ると影が笑っていた。
「薬なんてできっこないよ」
そして影は僕を駅に連れ戻した。
試合に負けた時みたいにうつむいて列車を待っていると
雨はすごい勢いで地面を叩いた。
2013/6/16-20「古い魔女」