特別なことでなくても | ぽんのブログ

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なんでもない人の日記ブログ

〜したい
〜してみたい
〜が好き
〜うれしい
何か見て「きれい」
など感じることが【当たり前】ではないこと。 

全てがそろってなくとも心身が健やかであってこそだったり、その時の気分や、今までの暮らしかた、タイミングやら色々。

私は人といると、どうしてもいろんなものを閉じてしまう機能が作動してしまう。

毎月20日あたりから不安定になるので、買い物の頻度が高くなる。

たいがい食べ物を買う。

今朝は車でパン屋さんへ行き、そのまま海までドライブ。

海の見える公園の駐車場で、車の窓を開けてパンを食べた。

釣り人がチラホラいて落ち着かなかったので、食べたら早々に退散。

これが私の好きな贅沢な時間。

生活するためにお金を稼がなければならないが、誰かのためにどうしたいというより、自分がなるべく自分の足で生活するために仕事や見聞きしたことを自分の教訓としたい感じ。

病気や老化でどうにもならなくなるときがくるのだろうけど、他人が自分に笑顔で接してくれることは嬉しくても、その瞬間と瞬間の真顔もしくは真逆の顔を今のところは感じてしまうという意味での【寂しがり・心配性?】癖。思い込みかもしれないし、そのうち何もかもよくも悪くも細かいことは拾わなくなるのかもしれない。

そもそも40年も生きてるけど、根本的にはいまだに生き方も、言葉を使う意味も、人と関わるで意味もようわからんし、しょっちゅうどうでもよかったり、と思いきやふいに涙が出たり。

ただ長らえることに意味は感じないし、どんな状態であっても必要としてくれる人がいるわけでないのもあって、一般的な感覚からいったらオカシイ人間かもしれない。

サラッと
「死にたいと思って死ねるわけじゃないし、

死にくさしたらいけんし、」や、

施設で暮らしていることを

「いらん子だから家族に捨てられた」

「なんにもしたくない」

「しいて言うなら、楽しみは食べること寝ること(というしかない)」

なんていう利用者さん。

ただあっけらかんと言いたいことを、真に受ける必要はない。

でも、困るセリフ。

こちらも無理しない。