小豆島ツーリング3(二十四の瞳をたずねて) | ひらまつ 久幸 新聞

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久しくつづく
幸せなまちづくり
「宣言」私は走りつづけます
①2子ども達が自慢する町に
②災害対策の充実した町に
③チャレンジする町に
④スポーツで活性化する町に


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べベルさんの足は、だんだん腫れてきている様子

とりあえず薬局で湿布を買うことに・・・親切な薬局でしばし治療と漢方薬


どうにかスタート!キック職人は私のはずが・・・やはりてこずり、タイハンさんに交代するや「一発で始動!」
 

予定時間より30分以上遅れで姫路港~福田港着の めがジャンさんとの待ち合わせ場所「オリーブ園」へ


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「オリーブ園」に到着!しかし・・どうやらここではなく・・・・



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「オリーブ公園」・・私らが間違っていたようです(;^_^A

相当待たせてすみませんm


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めがジャンさんのSR・・マフラーをスラクストン製に変更 チタン! 

これで今回のメンバー8台集まりました・・・



途中、醤油工場や佃煮やさんがたくさんある道路(醤油の匂いが香ばしい!)を経由して

渚の分教場へ到着  壺井 栄「二十四の瞳」の舞台



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-- 舞台は昭和3年 渚の分教場に赴任する若い女の先生と

12人の一年生の話…


大石先生は自転車に乗ってやってきた。一年生12人はすぐに打ち解け大石先生を慕った。

ところがある日、先生は子供たちが仕掛けた落とし穴に落ち、足の骨を折ってしまう。

それがきっかけで先生は分教場をやめ、本校へ赴任することとなった。

そして4年後、分教場で教えた子供は5年生になり、大石先生は結婚。

その頃時局は上海事変にまで進んでおり、教師も検束される者が出る。

ショックを受けた大石先生も、やがて退職することに。

戦争中に母と娘、そして夫を亡くし、2人の子供をかかえて苦労する先生だが、終戦をむかえ、13年ぶりに分教場の教壇に立つこととなった --


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今回のツーリング・・・ここに立ち寄れたことに尽きます



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この後、昼食・・・しかし天候が急変!


・・・・続く