ダイヤモンド・プリンセスでの旅の記録も今日で最後になりました。

 

 

どんな旅も 始まれば必ず終わりの時がやってきます。

 

私達の「その時」も刻一刻と近づいて参りました。

 

 

 

最終日のディナーには、

 

毎日美味しい料理を作ってくれたシェフやクルーさんたちがダイニングにやってきました。

 

パレードの始まりです。

 

 

客たちはナプキンを持って、それを頭の上でクルクル回しながら お迎えします。

 

「このクルーズで体重が増えた人がいたら、それはこの人のせいです!」と料理長が紹介されます。

 

 

これが クルーズ最後の夜の恒例の行事なのだそうですよ。

 

お疲れ様でした。

 

そしてご馳走様でした゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ (*´∀`*)

 

 

 

 

思えば、

 

船の中では、沢山のクルーさん達が働いていました。

 

 

客室の狭い廊下を、

 

朝に夕に 大きなワゴンにいっぱいのシーツやタオルを乗せて、

 

クリーニングに来てくれたルームサービスさん。

 

 

私の部屋の担当は へ○ンさんとういうフィリピンの女性でした。

 

大変な作業で疲れもたまっていただろうに、何を頼んでも何を訊いても嫌な顔一つせず対応してくれました。

 

広い船内で迷った人たちにも、片言の日本語で丁寧に応対していました。

 

 

彼女たちだけではありません。

 

早朝

 

黙々と看板を拭く人。

 

 重い何か(燃料のようなものを)を携え 客の通らない船の裏道を歩く人。

 

 

 

深夜

 

ロビーやラウンジにひざまついて

 

柱を一本一本  磨きあげる人。

 

 

 

華やかなパーティーやショータイムの陰で 大きな袋を携えてトイレの掃除をしてくれていた人たち。

 

 

プールサイドでも、 野外シアターでも、

 

どこに行っても 「COFEE?」 「JUICE?」と 声をかけてくれたウエイターさん達。

 

 

この方達との朝夕の挨拶や ちょっとしたおしゃべりはとても楽しかったです。

 

何よりも、

 

明るく仕事に励むクルーたちの姿に心が励まされました。

 

 

石垣島に行くときのテンダーボートの上で、マネージャークラスの女性に仕事についてのお話を聴きました。

 

「自分も含めクルーは三か月~半年の契約で船に乗り込みます。乗っている間、休みは一日もありません。三ヶ月働いて三か月休むというような仕事です。 中には10か月契約のクルーもいて、働きながら故郷の家族に送金もしています。 女性は結婚しない人が多いですね。たいへんな仕事ですが、 働きながら色々な国に行けるので、結構面白いですおねがい!」

 

と言っていました。

 

何だか とっても かっこいいなぁと思いました。

 

色々な仕事 様々な人生 其々の事情・・・。

 

何も知らなければ、客の自分たちこそがクルーズの主役だと思い込んで終わってしまいましたが、

 

実は 船上という特殊な空間では、

 

陰で動く彼らクルーこそが

 

本当の主役なのではないだろうかと気づきました。

 

 

台湾にて、

 

散策を終え船に戻った時のことでした。

 

 

 私達と入れ替えに、一人の男性が船を下りてゆきました。

 

石垣島で雨に濡れながら乗船を助けてくれた南米系の青年でした。

 

制服でなく私服で、

 

背中に羽が生えたかのように軽やかに、

 

風を切るような笑顔で街の方へ向かって行きました。

 

きっと 休憩時間になったのでしょう。

 

 

少し 話が寄り道になりますが・・・・

 

私が夫のもとへと嫁ぐとき、母がこんなことを言いました。

 

二宮金次郎(二宮尊徳翁)は 『この世で一番の楽』を絵に描きなさいと言われた時、

お腹いっぱい食べてる絵ではなく、

眠っている絵でもなく、

背中の薪をおろし草の上に腰を下ろしている絵を描いたんだって。

人間は こうでなくてはいけないよ ・・・・ と。

 

 

基隆の街に消えた青年の笑顔を観たとき、

 

なぜかこの母の言葉を思い出しました。

 

 

今も私は、

 

このときの青年の笑顔を

 

まるで宝の箱を見つけたときのように鮮やかに思い出します゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ 。

 

 

 

 

素晴らしい船旅の時間は 私がボーっとしているうちにどんどん過ぎていきました。 

 

 

ある朝

 

初めて 海の上の朝やけを観ました。

 

 

空の色が 波間に溶け込んで 

 

この美しさには もう、

 

目をつぶって手を合わせ 「ありがとうございます」と言うしかありません。

 

山に囲まれた地域に住んでいるものですから、

 

海の上で8日間過ごすというだけでもすごいことなのに、

 

海から上り海に沈む太陽や、

 

暗い海に浮かぶ星や月の光を観られたこと、

 

体の奥に深く響き渡るような 夜の波の音を聴いいたこと、

 

そういうことのすべてが 

 

 

おとぎ話の世界の中にいたかのような深い印象として、心の一番きれいなところに刻まれたのです。

 

 

 

最後の夜は

 

船中央のアトリウムにて お別れのパーティ。

 

3階のテラスから下を覗き込みます。

 

オープニングは

 

 

ダンスを教えてくれた あの(ニュージーランドダンスチャンピオン)のカティア&ゼニアによる華麗なるワルツ。

 

その後はロックンロール風のミュージックにのって フロアにいる人たちが熱狂的に踊りだしました。

 

私も身体でリズムをとりますハート3

 

最後に

 

 

天上から風船が落ちてきて

 

パン!パン!パン!と割れて

 

夢の世界から目覚めたように

 

お開きとなりました・・・。 

 

 

8日間 一緒にディナーをしてくださったお隣の先輩ご夫婦やお友達にも、

 

感謝と お互いの恙ない幸せと またいつか・・・

 

の淡く切ない想いをお伝えをして 

 

お別れをしました。

 

シアターに行って 最後のショーを観て、

 

部屋に戻って荷物の整理をしてからは、

 

流石に疲れたか、

 

もうホールに踊りに行く気力もなく ふらふらとベッドに入ってぐっすり眠りましたほわ

 

 

翌朝 目覚めると

 

船は もう 神戸港に着岸するところでした。

 

 

 

どこか懐かしいような 朝日に染まる神戸港。

 

 

下船は希望時間を申し込んだ順にまとまって降ります。

 

私達はラストから二つ目のグループだったのでのんびりと朝食を食べて、最後の最後までゆっくり船内で過ごしました。

 

船上から神戸の街並みが見えました。

 

夫が 「六甲山だね」と言った瞬間・・・

 

 

私の目からドドッと涙があふれ出しました。

 

そうなのです。

 

この神戸こそは、亡息子が最後に燃えるような熱い時間を過ごした場所なのです。

 

その生き方を応援したくて(見たくて) 私達夫婦は何度もこの街に来ました。

 

六甲山のホテルに泊まったこともあります。

 

その日は黄砂がひどくてね、楽しみにしていた神戸の夜景が観られなかったのもよく覚えています。

 

 

あれから もう 十年の時が過ぎ去りました。

 

こんな形でまた神戸に来ることになるなんて、10年前の私達には予測すらできませんでした。

 

本当に 、人生にはどんなことだって起こりうるのです!。

 

親ですもの、この悲しみには終わりのないことは承知です。

 

でもまた、

 

親だからこそ

 

この悲しみを、逞しく乗り越えるこえて生きられるのではないだろうかと・・・・そう 思いました。。

 

 

人生初の船旅・素敵なプリンセスクルーズの最後には、

 

 ちょっぴりしょっぱい涙の花束を添えて

 

 

思い出いっぱいの ダイヤモンド・プリンセスに

 

 

さようならを したのでした。

 

 

 

おしまい

 

 

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

 

 

 

 

・・・

 

夢のような綺麗ごとばかり 

 

ぶらり ぶらりと書いてまいりましたが、

 

本当は

 

恥かしくなるような失敗談もとっても多いのです。

 

それだけでも 数ページ綴れるくらいです。

 

とにかく

 

ボーっとしてますから(^_^;)。

 

 

でも

 

お蔭さまで無事に行ってこられました。

 

こうしてブログに起こすこともできました。

 

読んで下さった皆様くま

 

長い旅におつきあいくださり誠にありがとうございました。

 

優しいお言葉と あたたかな眼差しに どんなに励まされたかしれません。

 

心から感謝いたします。

 

 

 

 

家に帰ってきたら

 

娘と

 

三毛猫クルーが

 

 

おかえりニャニョヨ~

 

と出迎えてくれました。

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

(´∀`)

 

 

いよいよ 梅雨も本番のようです。どうぞご自愛してお過ごしくださいませねかたつむり