新しい月は真冬のような寒さとともにスタートしました。
空はどんよりと曇っていて、
眠いニョヨ~ (=^・^=)
と、いつまでも 丸まっていたい気分ですが、
エイッ!と自分に気合を入れてあげると、体も生き生きとしてくるような感じです。
どんなに寒くても どんなに空が曇っていても、
新しい月の始まりというのは、なにか自分自身も新しくなるような、そんな気分になりますね。
先月末は
天皇皇后両陛下がフィリピンをご訪問されていました。
TVのニュースで、そのご様子をずっと見ていました。
(第二次世界大戦時)日米間の戦闘の激戦地となったフィリピン。
日本人戦没者は50万人を超え、今も30数万の御遺骨が山野に眠っているそうです。
そして 戦場となってしまったフィリピンのマニラ市街地では10万人の現地の人々が犠牲になったそうです。
2年前に91歳で亡くなられた小野田寛朗さん(フィリピン・ルバング島で戦後30年密林に住み、1974年に帰国した)も、生き残るために(食料を奪う目的で)村人に銃を向けた・・・というお話を聞いたことがあります。
天皇陛下は
そのフィリピンに、
「なんとしても 今 いかねば」 という強い思いがおありだったそうです。
日程の最初の方で まず、
犠牲になられたフィリピンの方々の慰霊碑を訪問されていたのが印象的でした。
2分間 深く頭を下げられるそのお姿に、心から 「悼む気持ち」が重なりました。
訪問国の人々の心情に深く配慮をするお気持ちは、日本の誇りだと感じます。
そして、
後半の訪問地であった カりラヤの慰霊碑(日本人戦没者の慰霊碑)のご訪問の日です。
TVの生中継中に、とても不思議な光景を観ました。
現地のお天気は、小雨が降っているような感じでどんよりとした重い空気が、画面にから伝わってくるような雰囲気でした。
天皇皇后両陛下を乗せた車がご到着されたときです。
モニュメントをとり囲む木々が一斉に、風に煽られはじめました。
お二人が車からおりて、碑に向かって歩みだすと、
今度は、 碑の両脇に立てられたフィリピンと日本の両国旗がパタパタとはためきだしたのです。
まるで旗が、
両手を広げて
「お待ちしていましたよ」と言わんとするかのように。
両陛下は 静かに 頭を2回下げられました。
美智子皇后さまのお目が潤んでいらっしゃったようにも見えました。
翌日の新聞を見ると、
両国旗が風に揺れている様子はありませんでした。
もしかしたら 風は最初から吹いていたのかもしれません。
カメラワークの関係で、その一瞬だけ吹いているように見えたのかもしれません。
でも、
あの風はなんだったのだろう?
どこから吹いてきて、
どこに行ったのだろう?
と、
今も 忘れられない光景として、心に深く残っているのです。
この世に二度と、戦争というものを起こさないように
と、
風は 言いたかったのかもしれません。



