今日は時間が出来た
良い日だと思う
西村賢太の小説「瓦礫の死角」を読んでいたら、昔自分がしていたアルバイトの事を思い出した。
1993年8月
俺は16歳になり、親に隠れて7月に原付の免許を取った。
親はバイクを反対していたが、そんなことは関係ない。
16歳ともなればアルバイトも出来るし、バイクにも乗れる。
なんかこう、世の中が開けて明るい未来がギンギンに眩しく見えていた。
親のいう事なんか糞くらえだった。
でも、朝5時起きで鮫洲に行って原付免許を取りに行ったは良いが、一回落ちた。
凄くショックだった・・・
次は、裏講習を受けて万全で臨み合格した。
俺ってバカだったのか・・・初めて気が付いた。
免許取ったからバイクが欲しくて仕方がない。
簡単な事だった。
16歳なので堂々とアルバイトが出来る歳。
駅で「デイリーアン」を買って、目ぼしいところに電話をした。
場所は後楽園(今はラクーアっていうのかな?)の中の飲食店
遊園地の中にある、安くてマズイ焼きそばと、油クサイポテトなどを法外な値段で売ってる売店みたいなトコロ。
後楽園の脇にある「後楽」という飲食店が出店しているらしく、そこで面接した。
神経質そうなメガネのおっさんに
「夏休みの間だけ働きたい。そして休みは要らない」
と申し出ると、即採用だった。
時給800円
朝9時出勤で18時まで 休憩1時間
という条件だった。
計算すると、800円×8時間=6400円
それを40日間だから、6400円×40日=256000円
これはビッグマニーだぜと思い、ウキウキしながら帰宅した。
翌日から社会の地獄を見ることになる。
電車で水道橋を降りて少し歩くと「後楽」はある。
そこの二階で制服に着替えて、遊園地内に案内された。
そこには30歳くらいの小デブの店長が居てそいつに引き取られる形で早速勤務に就いた。
見た目は30歳くらいだけど実際は28とか29だった気がした。
そして、その小デブ店長の手下が3人くらい。(大学生)
同じ年くらいの女子高生が2人。
あとは17歳のツーブロック茶髪の先輩が一人いた。
俺はツーブロック茶髪の17歳 山口君に仕事を教えてもらうことになった。
山口君はいい奴だった。
一個上で話の分かる奴だった。
考えてみればこの頃から、こういう新しい場所で少し年上のいい先輩に出会う。
運が良かったのはここまで。
初め、山口君と俺はポテトを小汚い箱に詰めてホットケースに陳列する仕事をした。
それはそれで楽しかった。
昼の時間が来た。
すると、先輩から先に休憩にいくらしく、俺と山口君は最後の方で女子高生の次だった。
休憩は1時間だけど、昼に1時間ではなく、20分づつくらいに分けて休憩に入るとのこと。(実際は10分が2回だけだった)
そう説明を受け、山口君と共に厨房裏の生ごみが積んであるような薄暗いスペースに案内され、そこで弁当を手渡された。
スタイリッシュに生きて来た俺としては、こんなところで飯が食えるか!と思ったが、16歳の俺にはそんなことが言えるはずもなく、手渡された弁当の蓋を開けるしかなかった。
そんでまた、飲食店のくせに、残飯を集めたような弁当を喰いながら気が付いた。
「お茶とかないのかなぁ」
山口君に聞くと、そういうのは自分で買うらしい。というか、お茶とかコーヒーを飲んでいるのは上層部の人間だけで、俺たちは水道の水を飲むものだと教えられた。
何処までもみじめな気分になり、さっさと弁当を平らげると、生ごみのポリバケツの上に腰かけてマイルドセブンライトを吸った。
すると、小デブの店長がやってきて
「コラ餓鬼。生意気だな」
と一言言うとさっさと仕事に戻って行った。
仕方なくタバコを消して山口君と共に仕事に戻った。
すると、もう俺たちの「悪口」が始まっていた。
どうやら、いじめの標的が俺に決まってしまったらしい。
あと39日間休みなく働けるのか?
とも思ったが、この時は原付欲しさに労働意欲が爆発していたので文字通り「余裕」であった。
さて
次の日から、いじめらしきものが始まった。
何か質問すると、わざと小声で言ってきて、「もう一度お願いします」というと
大きな声で
「こいつ耳が悪ぃーわ!!!」
って言いながら手下の大学生と茶化すことから始まり、常に邪魔扱いされた。
持ち場は、メインのやきそばとかポテトから離され、手の神経がいかれる仕事の「かき氷」をやることに。
そんなある日
午前中に冷やし狸そばの作り置きをしていると、小デブ店長の彼女という輩が現れた。
どうやらこの女は、長期的に休んでいたが、店が繁忙期を迎えたため仕方なく出て来たらしかった。
見た目は「山口美江」がバイク事故にでもあったような顔つきで、口もとが曲がっているのが禍々しかった。
その化け物が、俺の仕事を手伝う形となったが、今さっき来たくせに、小言をねちょねちょと投げつけて来た。
いいかげんムカついた俺は、小デブ店長がタバコ休憩に行ったのを良いことに、この化け物に、本来うどんに乗せる具材を顔面目掛けて投げつけてやった。
「あーこれで俺のバイクライフが消えた」
と覚悟した。
ところが、この化け物は静かになり、それきり俺と山口君には何も言ってこなかったのだ。
この事がきっかけとなり、いじめは少なくなって行った。
そして、
少し経った頃には癖の強めなBoowyファンのヤンキーのなりそこないみたいな、
菊池という18歳の奴とも仲良くなり
三人で結束し、反抗心を出すことでいじめからは解放された。
その二人とよく水道橋のパチンコにも行った。
夏休みも終わりを迎えると同時にバイト生活も終わった。
結局休みを5日間くらい取らされたので、22万くらいの給料を貰い、「後楽」の玄関に痰を吐いて去った。
これが多分正規では、初めてのアルバイト経験かと思う。
今でもTRFの「EZ DO DANCE」を聞くと、「後楽」のやきそばの鉄板前を思い出す。