先日、新進気鋭のテクスチャーアーティスト、Marinoさんの名古屋での個展、オープニングレセプションへ伺いました。
今をときめくアーティストは、ひとつの表現にとどまることなく、次々と新しい作品を展開していきます。
今回の展示でも、素材の表情や質感、光の受け止め方など、さまざまな作品に目を奪われました。
その中でも、私が特に気になったのが「Window」と呼ばれる作品です。
雨に濡れた窓を思わせるような、瑞々しく、どこかシズル感のある表現。
ただ「窓」を描いているというより、その向こう側に何かがあるような気配を感じました。
「窓」という不思議な存在
そういえば、先日訪れたワイエス展でも、窓やドアからの眺めを意識した作品が多くありました。
窓や扉というものは、不思議な存在です。
私たちのいる「内」と「外」を隔てるものなのに、同時に、その向こう側を見せてくれる。
外の景色だけではなく、そこに暮らす人の気配や、その人が見ている世界まで想像させてくれる。
そんなところに、私は惹かれるのかもしれません。
そしてMarinoさんの「Window」を見ていると、
もしかするとこの作品もまた、
無意識のうちに、作者自身の「心の窓」を垣間見せているのではないか。
そんなことを考えました。
もちろん、作品をどう受け取るかは、見る人それぞれです。
だからこそアートは面白い。
作者が意図したものとは別に、見る側の記憶や経験、感情によって、作品の中にさまざまなものが見えてくる。
本来、見えないものを見せてくれる
私は、アートの大きな魅力のひとつは、
本来、目には見えないものを、目に見える形にしてくれることなのではないかと思っています。
感情や記憶、価値観、あるいは言葉にならない感覚。
それらを、色や形、素材、光、質感などを通して、私たちの前に差し出してくれる。
だから作品を見たときに、
「なぜかわからないけれど、惹かれる」
ということが起こるのでしょう。
頭で理解するより先に、心が反応する。
そんな瞬間があります。
そして、インテリアも同じなのかもしれない
ここまで考えて、ふと自分の仕事に思いがつながりました。
インテリアも、実は同じなのではないか。
そこに暮らす人が何を大切にしているのか。
どんな時間を心地よいと思うのか。
どんなものに美しさを感じるのか。
それらは、必ずしも言葉で明確に説明できるものではありません。
けれど、家具や照明、カーテン、素材、色、アート、そして空間の余白など、さまざまな要素を通して、少しずつ表れてくる。
つまりインテリアとは、単に「素敵なものを組み合わせる」ことではなく、
目には見えない、その人らしさを空間として具現化していくこと
なのかもしれません。
だから私は、ひとつのインテリアスタイルにすべてを合わせていくことには、少し違和感があります。
もちろん、好きなスタイルを取り入れることは大切です。
でも、それだけではなく、
「この人だから、この空間になる」
というものがあっていい。
むしろ、そのほうが自然で、長く暮らすほどに愛着が生まれるのではないでしょうか。
「ホンモノ」を探す旅の、その先に
ここのところ、私は「ホンモノ」というものについて、ずっと考えていました。
時代を超えて残るもの。
国境を越えて人の心を動かすもの。
そして、形を変えながらも、本質を失わないもの。
そんなものに触れる機会が、この夏は不思議なくらい続きました。
有松絞り、suzusan、ワイエス、そして今回のMarinoさんの作品。
一見すると、それぞれまったく違うものです。
けれど、私の中ではどこかでつながっています。
形として見えるものの奥に、見えないものがある。
その人が大切にしているもの。
積み重ねてきた時間。
ものづくりへの姿勢。
そして、その人自身の感性。
それらが、作品や空間となって私たちの前に現れてくる。
そう考えると、「ホンモノ」を探す旅は、単に物を探す旅ではないのかもしれません。
その奥にあるものを感じ取る旅。
そして、それはこれからも私のライフワークとして続いていくのだと思います。
アートを観ることも、
建築を観ることも、
誰かの暮らしを拝見することも。
すべてが、私にとってはインテリアを考えるための大切な学びになっています。
今回もまた、Marinoさんの作品を通して、
「空間とは何なのか」について考える時間をいただきました。
目には見えないものを、
そっと見える形にする。
それがアートであり、
もしかするとインテリアもまた、
そんな仕事なのかもしれません。
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