先日、コンラッド名古屋の40階から、夜の名古屋を眺める機会がありました。
眼下に広がる無数の光。
建物の窓明かり、道路を走る車、街路灯、そして整然と広がる都市の輪郭。
高層階から眺める夜景は、いつもとはまったく違う表情を見せてくれます。
その美しさを眺めながら、ふと、先日観覧したワイエスの絵画を思い出しました。
ワイエスの作品には、窓やドアが象徴的に登場します。
そして、そこから差し込む光。
何気ない日常の風景を描いているようでありながら、光の入り方ひとつで、その空間に特別な時間が生まれている。
私はそこに強く惹かれました。
今回、夜景を見ながら思ったのは、
「人工美」と「自然美」は、まったく違うようでいて、どこかでつながっているのではないか
ということでした。
夜景は、人間がつくったものです。
建物も、道路も、照明も、すべて人の手によるもの。
まさに「人工美」です。
一方、ワイエスが描いたのは、自然の光や風景を、人の手によって表現したもの。
こちらは、自然の美を人間が受け取り、作品として再構築したものです。
一見すると、正反対。
それなのに、どちらを見ても私は心を動かされる。
なぜなのでしょう。
もしかすると、人が「美しい」と感じるものの根底には、自然から受け取った感覚があるのかもしれません。
光と陰。
静と動。
余白と密度。
繰り返しと、ほんの少しの不規則さ。
自然界に存在するこうしたリズムを、私たちは無意識のうちに「心地よい」と感じているのかもしれません。
だからこそ、人がつくる「人工美」にも、自然の中にある何かが必要なのではないか。
これはインテリアを考える時にも、私が大切にしていることです。
ただ「おしゃれにする」。
ただ「きれいにまとめる」。
それだけでは、長く心に残る空間にはならない。
素材の質感、光の入り方、視線の抜け、余白、色の重なり……。
そして、そこに住む人の暮らし。
さまざまなものが重なった時に、初めて、その人にとっての「美しい空間」になる。
先日のウィリアム・モリスから始まり、
有松絞りを現代に昇華するSuzusan、
コンラッド名古屋の空間、
そして今回のワイエス。
振り返ってみると、この夏は本当にたくさんの「美」に出会いました。
それぞれまったく違うものなのに、
なぜか私の中では一本の線でつながっている。
美しいものを見ることは、
自分が何を大切にしているのかを知ることなのかもしれません。
そんなことを考えながら、
また次の空間へ向かっていきたいと思います。
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