久しぶりに設計士さんのOさんと電話でお話する。
彼は、若く行動的な設計士さんで、大変前向き。
1年半ほど前に、友人のF君のため、まさしく寝ずに頑張った人である。
F君は突然、心臓の難病にかかり、移植以外に生きる方法はない、と
言われたのだが、日本で移植を待っていたら、いつになるかわからない。
また、それまで、彼が生きている保証はない、ということで、
ドイツで移植手術を受けることに。
ただ、それには、莫大な金額がかかるのだ。
そこで、Oさんは、仲間たちに声をかけ、募金活動が始まる。
滋賀県との往復で、睡眠時間はないに等しく、また、電話も頻繁に入り、
それでもいつも笑顔のOさん。
しかし、奇跡は起こった。
予定の6000万を遥かに超える募金が集まり、F君も無事、ドイツへ渡り、
その後も順調で、現在は日本でリハビリ中。
少しお手伝いさせて頂いた私のことも覚えていてくれて、
違う用件の電話でしたが、感謝の言葉がすぐに出てくるのは、
やはりさすがだ。(その節、ご協力頂いた皆様にも心から感謝申し上げます。)
彼らも解散し、今では、Oさんは、子供たちが自然と親しむ会で活躍している。
さりげなくすごいことができる、Oさん。
諦めないことの大切さを教えてくれた。
彼は、若く行動的な設計士さんで、大変前向き。
1年半ほど前に、友人のF君のため、まさしく寝ずに頑張った人である。
F君は突然、心臓の難病にかかり、移植以外に生きる方法はない、と
言われたのだが、日本で移植を待っていたら、いつになるかわからない。
また、それまで、彼が生きている保証はない、ということで、
ドイツで移植手術を受けることに。
ただ、それには、莫大な金額がかかるのだ。
そこで、Oさんは、仲間たちに声をかけ、募金活動が始まる。
滋賀県との往復で、睡眠時間はないに等しく、また、電話も頻繁に入り、
それでもいつも笑顔のOさん。
しかし、奇跡は起こった。
予定の6000万を遥かに超える募金が集まり、F君も無事、ドイツへ渡り、
その後も順調で、現在は日本でリハビリ中。
少しお手伝いさせて頂いた私のことも覚えていてくれて、
違う用件の電話でしたが、感謝の言葉がすぐに出てくるのは、
やはりさすがだ。(その節、ご協力頂いた皆様にも心から感謝申し上げます。)
彼らも解散し、今では、Oさんは、子供たちが自然と親しむ会で活躍している。
さりげなくすごいことができる、Oさん。
諦めないことの大切さを教えてくれた。