わたしの父親。
叔父たち(母の弟妹)が消息不明の時は、母に向かって
「諦めろ。お前の兄弟もついに残り二人か・・・」
とか言いながら、仏壇に線香をあげ手を合わせました。
同じころ、朝から自分の親戚に電話をかけまくり
「女房の兄弟・・・八方手を尽くしたけど、もう駄目かもしれない・・・涙。」
見つかった後は、同じ親戚たちに
「二人とも生きて見つかった!いや~良かった良かった・・・涙・涙。」
(兄に言わせれば、「大根役者の素晴らしい演技。同情を買うにはとびきりの内容。」と。)
叔母が手術で入院中は、一度も見舞いに行かず
震災後は24時間ラジオをつけたまま暮らし、電池を買って来いと言い
買い物すら出来ない生活なのに、あれが食いたい、これは不味いの不平不満。。
家から出たのは畑に行った時のみ。
震災前後で、父の生活で違ったことと言えば、電気が無かったことだけ。
・・・こんな人です。。
先週のこと。
朝6時過ぎに電話が鳴りました。
実家からだと分かった(ナンバーズディスプレイ)ので、大急ぎでとりました。
なにか大変な事でも起こったと思って。。
電話口の向こうは父親で、その内容が
「隣市に居る俺の従兄弟のなんたらと連絡が取れなくて・・・」で始まり
あーだこーだと、ちんたらちんたら。。
結局のところ、その用件とは
「お前んところで、干物の魚とか唐土なんかが買えたら買っておいてくれ。
従兄弟のところで困ってるらしいから届けたい。」
言いたい事は山ほどあれど、言うのもバカらしくて、
「はい。はい。」と言って電話を切りましたが。。
その後、どうしたかと兄に聞いてみたら、痛い話を聞かされました。
「畑の作物を持って、タクシーを手配して往復したらしいぞ。」
震災後の、ガソリンが手に入らない混乱している時期にです。
母の弟妹捜索時には、日常を過ごしていた人が。
兄は「身内にはとことん良いところを見せようと奮起してる。」って分析・・・。
その後、義姉(兄のお嫁さん)が、実家(南相馬市で屋内退避勧告中)へ食料を届けに行きました。
(叔父たちの捜索願などは、全て彼女が手配してくれた。)
元ナースの彼女が、近くの病院を回って救急搬送の手伝いをしていると聞いたので
「さすが♪子さん。偉いね。そうそう出来ることじゃぁないよね~。」
なんて・・・母に電話で話したところ
それを聞いた父親が激怒したらしい。
「(俺に断りも無く)勝手にそんな事して。。」と・・・。
兄の分析によると、「俺の指示もなく行くな。」と言うことだろうと。
期待もしないけれど、彼女の実家が心配だという言葉は一度もないのですよ。
あぁ、なんて心が狭いヤツ。
自分(の評価)が一番大事なんだな・・・。
と思い、いろいろと検索していたら
父の性格にドンピシャ当てはまる物を見つけてしまいました。
これです。これ!!
これは性格じゃなく、病気と言うことなんでしょうね。。
(書いているうちに自己完結してしまいました。。)