穏やかな青空広がる12月14日、用事がり、阿久根&長島方面へ、出かけました♫
明治日本の近代化を牽引し不平等条約の改正に挑んだ 寺島宗則が幼少期を過ごした旧宅が、鹿児島県阿久根市脇本にあり、一度、訪れたいと思っていましたが、訪れることができました!
穏やかな海が、目の前に広がり、寺島の名前の由来となった、島もありました!
松木弘安(寺島宗則)について
詳しくは→→ http://www.city.akune.kagoshima.jp/shisei/furusatonozei/terashimaproject.html
出水郷脇本の郷士長野増右衛門の次男として生まれ、5歳の時に松木家の養子となりました。長崎や江戸で蘭学や医学を学び、集成館事業では反射炉の建設や電信実験、綿火薬の開発、ガス灯研究など幅広く活躍。
1865年には、薩摩藩英国留学生とともにイギリスに渡り、幕府の貿易独占を排除するためイギリス外務省へ協力要請を行いました。
明治以後は、「寺島宗則」と改名し、神奈川県知事を務めた際には,国内外の電信政策を推進し,「電気通信の父」と呼ばれました。明治政府では外務卿,文部卿,元老院議長を歴任し,日本外交の近代化と不平等条約改正に尽力しました。
明治日本の近代化を牽引し不平等条約の改正に挑んだ 寺島宗則が幼少期を過ごした旧宅が、鹿児島県阿久根市脇
穏やかな海が、目の前に広がり、寺島の名前の由来となっ
松木弘安(寺島宗則)について
詳しくは→→ http://
出水郷脇本の郷士長野増右衛門の次男として生まれ、5歳
1865年には、薩摩藩英国留学生とともにイギリスに渡
明治以後は、「寺島宗則」と改名し、神奈川県知事を務め






