定期観光バスで、佐渡歴史伝説館も、訪れる事ができました
こちらで、昼食となり、海鮮丼と、ぎんば藻が入ったお味噌汁など、美味しくいただきました
その後、『佐渡歴史伝説館』をゆっくりと見学しました
佐渡島に、流罪となった歴史上の人物の方々が、等身大のハイテクロボットで、よみがえり、有名な場面が再現されています
『佐渡歴史伝説館』のホームページに、リンクしておきますので、詳しくはどうぞご覧くださいね
入り口の門と屋根にある、瑞鳥2羽
阿新丸(日野 邦光)
順徳天皇 第一皇女
順徳天皇
順徳天皇絵巻物語り
日蓮上人
観世元清
世阿弥観音
語り部のおじいちゃんとおばあちゃん
『佐渡おけさ』のいわれ~飼い猫の恩返し

お話 その1
昔、佐渡島の海辺に、にすけやという魚屋さんがありました。
にすけ夫婦は、たいそうな働き者だったそうで、お店もたいへん繁盛していましが、ある時からさっぱり繁盛しなくなってしまいました。
にすけさんは、お金を借りてお店を立て直そうと努力しますが、情況は悪くなるばかりでした。
二人は相談して、この土地を離れる事を決めました。
にすけ夫婦には子供はありませんでしたが、あさという名の猫を子供のように可愛がり、一緒に暮らしていました。
ある晩のこと、にすけさんはあさを膝にのせ話しかけました。
「 あさや。 あさと暮らしてから、もう十六年になるなぁ。 わしらとあさと、いつまでもいっしょにこうして暮らせると思ってたんだが、とうとう夜逃げをせねばならなくなってしまった。 情けねえことだ・・。
あさ、可哀想だが、お前を一緒に連れて行くことが出来ない・・。 どうか許しておくれ。 」
あさは、二人の顔をじっと見上げると、「 にゃぉ~ん 」と鳴いて、姿を消してしまいました。
「 わしらの言葉がわかったんじゃろうか・・・。 かわそうなことをしてしまった・・。 」
それから何日か過ぎた頃でした。
にすけ夫婦が、旅支度をしていると、誰かが扉をトントンと叩く音がする。
見ると、美しい娘が立っていて、娘は二人に話しかけました。
「 わたしの名は、けさと申します。 どうぞ、こちらのお店で働かせていただけませんでしょうか。 」
二人は驚いて、顔を見合わせました。
「 おけささん、お気持ちはありがたいんじゃが・・・。 たいへん申し訳ないが、今日限りでこの店をたたんで、わしらはよそへ行こうと思ってるんじゃ。 どこか他の店をあたってくだされ。 」
にすけさんはそう言って断わりましたが、けさは全くあきらめませんでした。
「 わたしはお二人が優しいお心をお持ちなこと、良く存じ上げております。 お願いです、どうぞお二人のお傍で働かせてください。 それから、たいそうお困りの様子、どうぞこれをお使いください。 」
そういって、けさは帯の間から、小判を取り出して二人に差し出しました。
「 余計な事かとおもいますが・・。 どうぞ、この土地を、離れるのだけはおやめくださいね。 それよりも、魚屋をやめて蕎麦屋を開いてはいかがでしょう。 お蕎麦は私が打ちますから、どうぞお任せください。 」
けさはそういって、早速、仕事を始めました。
数日後、けさの勧めもあって、二人は蕎麦屋を開きました。
蕎麦屋になったにすけ屋の中からは、美しい歌声が聞えてきます。
♪ さどへー さどーへーと くさーきーも なびーくーよ ♪
蕎麦屋から聞える声につられて、お客さんが集まり始めました。
おけさが打ったそばは、たいへんおいしく、評判でした。
おけさは、良く働き、手がすくと、店に出ては良い声で歌を唄っては客に聴かせてくれます。
♪ さどへー さどーへーと くさーきーも なびーくーよ ♪
おけさの声につられて、店の客は唄ったり踊ったり。
たちまち、にすけ屋は大評判の店へとなって、毎日、大繁盛でした。
半年が過ぎた頃、借りたお金も返し終え、にすけ夫婦も元の暮らしが出来るようになりました。
にすけ夫婦は、これもみんなけさのお陰と、大変ありがたがり、気立ての良いけさを娘にしたいと、毎日のように考え、話すようになりました。
ある日の晩、にすけ夫婦はけさに言いました。
「 おけさや、ありがとうよ。 おけさのお陰で、このにすけ屋は持ち直せた。 おけさ、いつまでもここにいてくれなぁ。 おけさ、わしらの娘になってもらえんじゃろうか。 」
二人がそういうと、おけさはうつむいたまま、話を聞いていました。
そして、二人に言いました。
「 お二人のお気持ちはたいへん嬉しゅうございますが、わたしはじきにこちらをお暇しなければなりません。 」
といって、はらはらと涙を流し始めた。
「 お別れに歌を唄いましょう。 」
おけさはそういうと、立ち上がり唄い始めました。
♪ さどへー さどーへーと くさーきーも なびーくーよ
さどは いよいか すみよいかー ♪
にすけ夫婦の胸は、締め付けられるようでした。
ところがどうでしょう・・、唄っているおけさの姿が、猫のようにも見えてきました。
「 お前は! あさ!! 」
おけさは去りながら、二人にこういいました。
「 だんなさま~、おかみさま~、おわかれでございます。 さようなら・・・。 」
その声を最後に、おけさの姿はパッと消えてしまいました。
「 おけさ~! あさ~! 」
にすけ夫婦は、声をかぎりに、おけさを探し回りましたが、おけさの姿はどこにも見あたりませんでした。
辺りには、波の音だけが響いていました。
「 あさが人間の姿になって、わしら夫婦を助けてくれたんじゃな。 あさや、ありがとうよ。ありがとうよ。 」 二人はそうお礼を言いました。
今も佐渡に残る『さどおけさ』は、おけさが唄った歌だと伝えられています。
※ おけさ節のいわれには、世話になった猫が、美人芸者と成りその身代金を老夫婦に渡し、江戸に出て、深川の料理屋でおけさ節を歌って、評判になるという話もあるそう。少し歌詞が違うようです。
お話 その2
むかし、むか~し佐渡の南にある小木(おぎ)というところに、それはそれは仲の良い
おじいさんとおばあさんと[おあさ]という名前のメスの三毛猫が、住んでおったそうな
ところが、ある日、おばあさんが三毛猫の事を心配しながら亡くなってしもうた
「おじいさん、[おあさ]を私だと思って可愛がっておくれ・・・・」と、言い残して息をひきとったそうな
おじいさんは、たいそう悲しみ、金貸しから一両五分の金を借りて、りっぱな葬式をしたそうな
おじいさんは、おばあさんの残した言葉のとおり[おあさ]を可愛がった
ところが、ある日、金貸しが借金の取り立てにきて、返す当ての無いおじいさんから
住んでいる家を取ろうとしたそうな
おじいさんが、「わしは、家が無くなってもよいが[おあさ]の住む家が無くなるのは可哀想じゃ」
と言うのを[おあさ]は、じっと見ていたそうじゃ
その晩[おあさ]の姿はどこにも見えなくなった・・・・・・
翌日、また借金取りが来た時、おじいさんは家をあけわたして、旅に出ようとすると
一人の若い娘があらわれて「私が一両五分を払います、おじいさんは家を出ないで」と、言いました
ところが欲の深い金貸しは利子の一両も払えとぬかしおった
若い娘は「お金は一両五分しかありません、利子の一両は私が一生懸命に働きますから
どうか、おじいさんの家を取らないでください」と、頭をさげて言いました
金貸しは若い娘を小木(おぎ)の人買いに売りつけ、人買いは船にのせ越後の出雲崎の
そば屋で[おけい]という名前で働かせたそうな
きりょうよしの[おけい]のためそば屋はたいそう繁盛したそうな
ところが[おけい]はいつも海のむこうの佐渡が島をながめながら歌をうたったそうな
その[おけい]の歌は皆の郷愁をさそい[おけい節]という名で有名になった
その歌に聞きほれた大商人が[おけい]を北海道に連れていくことになった、すると[おけい]は
~来いというたとて ゆかりょか佐渡へ 佐渡は四十九里 波の上~
と歌い終わるとバッタリ倒れて、[おけい]は三毛猫の姿になって死んでしまったそうな・・・・
ちょうどそのころ佐渡の小木(おぎ)では、おじいさんが三毛猫の[おあさ]を懐かしんで
歌う[おあさ節]が、評判になっておった
佐渡と越後で評判だった二つのうた[おけい節]と[おあさ節]はいつのまにか一つになって
今の[佐渡おけさ]の元になったそうじゃ
~佐渡へ佐渡へと 草木もなびく 佐渡はいよいか 住みよいか~
いろいろなお話が、伝わっているようです

こちらで、昼食となり、海鮮丼と、ぎんば藻が入ったお味噌汁など、美味しくいただきました

その後、『佐渡歴史伝説館』をゆっくりと見学しました

佐渡島に、流罪となった歴史上の人物の方々が、等身大のハイテクロボットで、よみがえり、有名な場面が再現されています

『佐渡歴史伝説館』のホームページに、リンクしておきますので、詳しくはどうぞご覧くださいね

入り口の門と屋根にある、瑞鳥2羽

阿新丸(日野 邦光)
順徳天皇 第一皇女
順徳天皇
順徳天皇絵巻物語り
日蓮上人
観世元清
世阿弥観音
語り部のおじいちゃんとおばあちゃん
『佐渡おけさ』のいわれ~飼い猫の恩返し


お話 その1
昔、佐渡島の海辺に、にすけやという魚屋さんがありました。
にすけ夫婦は、たいそうな働き者だったそうで、お店もたいへん繁盛していましが、ある時からさっぱり繁盛しなくなってしまいました。
にすけさんは、お金を借りてお店を立て直そうと努力しますが、情況は悪くなるばかりでした。
二人は相談して、この土地を離れる事を決めました。
にすけ夫婦には子供はありませんでしたが、あさという名の猫を子供のように可愛がり、一緒に暮らしていました。
ある晩のこと、にすけさんはあさを膝にのせ話しかけました。
「 あさや。 あさと暮らしてから、もう十六年になるなぁ。 わしらとあさと、いつまでもいっしょにこうして暮らせると思ってたんだが、とうとう夜逃げをせねばならなくなってしまった。 情けねえことだ・・。
あさ、可哀想だが、お前を一緒に連れて行くことが出来ない・・。 どうか許しておくれ。 」
あさは、二人の顔をじっと見上げると、「 にゃぉ~ん 」と鳴いて、姿を消してしまいました。
「 わしらの言葉がわかったんじゃろうか・・・。 かわそうなことをしてしまった・・。 」
それから何日か過ぎた頃でした。
にすけ夫婦が、旅支度をしていると、誰かが扉をトントンと叩く音がする。
見ると、美しい娘が立っていて、娘は二人に話しかけました。
「 わたしの名は、けさと申します。 どうぞ、こちらのお店で働かせていただけませんでしょうか。 」
二人は驚いて、顔を見合わせました。
「 おけささん、お気持ちはありがたいんじゃが・・・。 たいへん申し訳ないが、今日限りでこの店をたたんで、わしらはよそへ行こうと思ってるんじゃ。 どこか他の店をあたってくだされ。 」
にすけさんはそう言って断わりましたが、けさは全くあきらめませんでした。
「 わたしはお二人が優しいお心をお持ちなこと、良く存じ上げております。 お願いです、どうぞお二人のお傍で働かせてください。 それから、たいそうお困りの様子、どうぞこれをお使いください。 」
そういって、けさは帯の間から、小判を取り出して二人に差し出しました。
「 余計な事かとおもいますが・・。 どうぞ、この土地を、離れるのだけはおやめくださいね。 それよりも、魚屋をやめて蕎麦屋を開いてはいかがでしょう。 お蕎麦は私が打ちますから、どうぞお任せください。 」
けさはそういって、早速、仕事を始めました。
数日後、けさの勧めもあって、二人は蕎麦屋を開きました。
蕎麦屋になったにすけ屋の中からは、美しい歌声が聞えてきます。
♪ さどへー さどーへーと くさーきーも なびーくーよ ♪
蕎麦屋から聞える声につられて、お客さんが集まり始めました。
おけさが打ったそばは、たいへんおいしく、評判でした。
おけさは、良く働き、手がすくと、店に出ては良い声で歌を唄っては客に聴かせてくれます。
♪ さどへー さどーへーと くさーきーも なびーくーよ ♪
おけさの声につられて、店の客は唄ったり踊ったり。
たちまち、にすけ屋は大評判の店へとなって、毎日、大繁盛でした。
半年が過ぎた頃、借りたお金も返し終え、にすけ夫婦も元の暮らしが出来るようになりました。
にすけ夫婦は、これもみんなけさのお陰と、大変ありがたがり、気立ての良いけさを娘にしたいと、毎日のように考え、話すようになりました。
ある日の晩、にすけ夫婦はけさに言いました。
「 おけさや、ありがとうよ。 おけさのお陰で、このにすけ屋は持ち直せた。 おけさ、いつまでもここにいてくれなぁ。 おけさ、わしらの娘になってもらえんじゃろうか。 」
二人がそういうと、おけさはうつむいたまま、話を聞いていました。
そして、二人に言いました。
「 お二人のお気持ちはたいへん嬉しゅうございますが、わたしはじきにこちらをお暇しなければなりません。 」
といって、はらはらと涙を流し始めた。
「 お別れに歌を唄いましょう。 」
おけさはそういうと、立ち上がり唄い始めました。
♪ さどへー さどーへーと くさーきーも なびーくーよ
さどは いよいか すみよいかー ♪
にすけ夫婦の胸は、締め付けられるようでした。
ところがどうでしょう・・、唄っているおけさの姿が、猫のようにも見えてきました。
「 お前は! あさ!! 」
おけさは去りながら、二人にこういいました。
「 だんなさま~、おかみさま~、おわかれでございます。 さようなら・・・。 」
その声を最後に、おけさの姿はパッと消えてしまいました。
「 おけさ~! あさ~! 」
にすけ夫婦は、声をかぎりに、おけさを探し回りましたが、おけさの姿はどこにも見あたりませんでした。
辺りには、波の音だけが響いていました。
「 あさが人間の姿になって、わしら夫婦を助けてくれたんじゃな。 あさや、ありがとうよ。ありがとうよ。 」 二人はそうお礼を言いました。
今も佐渡に残る『さどおけさ』は、おけさが唄った歌だと伝えられています。
※ おけさ節のいわれには、世話になった猫が、美人芸者と成りその身代金を老夫婦に渡し、江戸に出て、深川の料理屋でおけさ節を歌って、評判になるという話もあるそう。少し歌詞が違うようです。
お話 その2
むかし、むか~し佐渡の南にある小木(おぎ)というところに、それはそれは仲の良い
おじいさんとおばあさんと[おあさ]という名前のメスの三毛猫が、住んでおったそうな
ところが、ある日、おばあさんが三毛猫の事を心配しながら亡くなってしもうた
「おじいさん、[おあさ]を私だと思って可愛がっておくれ・・・・」と、言い残して息をひきとったそうな
おじいさんは、たいそう悲しみ、金貸しから一両五分の金を借りて、りっぱな葬式をしたそうな
おじいさんは、おばあさんの残した言葉のとおり[おあさ]を可愛がった
ところが、ある日、金貸しが借金の取り立てにきて、返す当ての無いおじいさんから
住んでいる家を取ろうとしたそうな
おじいさんが、「わしは、家が無くなってもよいが[おあさ]の住む家が無くなるのは可哀想じゃ」
と言うのを[おあさ]は、じっと見ていたそうじゃ
その晩[おあさ]の姿はどこにも見えなくなった・・・・・・
翌日、また借金取りが来た時、おじいさんは家をあけわたして、旅に出ようとすると
一人の若い娘があらわれて「私が一両五分を払います、おじいさんは家を出ないで」と、言いました
ところが欲の深い金貸しは利子の一両も払えとぬかしおった
若い娘は「お金は一両五分しかありません、利子の一両は私が一生懸命に働きますから
どうか、おじいさんの家を取らないでください」と、頭をさげて言いました
金貸しは若い娘を小木(おぎ)の人買いに売りつけ、人買いは船にのせ越後の出雲崎の
そば屋で[おけい]という名前で働かせたそうな
きりょうよしの[おけい]のためそば屋はたいそう繁盛したそうな
ところが[おけい]はいつも海のむこうの佐渡が島をながめながら歌をうたったそうな
その[おけい]の歌は皆の郷愁をさそい[おけい節]という名で有名になった
その歌に聞きほれた大商人が[おけい]を北海道に連れていくことになった、すると[おけい]は
~来いというたとて ゆかりょか佐渡へ 佐渡は四十九里 波の上~
と歌い終わるとバッタリ倒れて、[おけい]は三毛猫の姿になって死んでしまったそうな・・・・
ちょうどそのころ佐渡の小木(おぎ)では、おじいさんが三毛猫の[おあさ]を懐かしんで
歌う[おあさ節]が、評判になっておった
佐渡と越後で評判だった二つのうた[おけい節]と[おあさ節]はいつのまにか一つになって
今の[佐渡おけさ]の元になったそうじゃ
~佐渡へ佐渡へと 草木もなびく 佐渡はいよいか 住みよいか~
いろいろなお話が、伝わっているようです














