今日、7月6日は、ヒマワリ『ピアノの日』ヒマワリだそうです音譜

1823年に、シーボルトが、日本に初めて、ピアノを持ち込んだそうです音譜


フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト(Philipp Franz Balthasar von Siebold, 1796年2月17日 - 1866年10月18日)

ドイツの医師・博物学者。高地ドイツ語のうち上部ドイツ語に属する上部フランケン語(東フランケン語)の発音に近づけると、表記はズィーボルトとなる[1]。本人は現在のドイツ中南部にあるフランケン地方の東部出身であったため、自らの名を「ズィーボルト」と発音していた[要出典]。

シーボルトは当時の西洋医学の最新情報を日本へ伝えると同時に、生物学、民俗学、地理学など多岐に亘る事物を日本で収集、オランダへ発送した。シーボルト事件で追放された際にも多くの標本などを持ち帰った。この資料の一部はシーボルト自身によりヨーロッパ諸国の博物館や宮廷に売られ、シーボルトの研究継続を経済的に助けた。こうした資料はライデン、ミュンヘン、ウィーンに残されている。また、当時の出島出入り絵師だった川原慶賀に生物や風俗の絵図を多数描かせ、薬剤師として来日していたハインリッヒ・ビュルゲルには、自身が追放された後も同様の調査を続行するよう依頼した。これらは西洋における日本学の発展に大きく寄与した。
2005年にはライデンでシーボルトが住んでいた家が資料館として公開され、シーボルトの事跡や日蘭関係史を公開している。

ウィキペディアより引用しましたので、リンクしておきます音譜


シーボルトが、初めて、日本に持ち込んだピアノが、山口県に残っているそうです音譜

財団法人 『熊谷(くまや)美術館』(リンクしてあります)に、残っているそうですビックリマーク


コンサートもされた事があるそうで、機会があったら、訪れてみたいところですね~音譜
「残念ながらピアノがいつ日本に伝わったという確かな文献資料はありません。しかし、日本で一番古いピアノは山口県萩市の熊谷家に保存されています。
 このピアノは1823年に来日したオランダ商館の医師、シーボルトによって日本に持ち込まれました。製造されたのは1806年頃のロンドンで、スクエア型のピアノです。スクエア型というのは四角いテーブルのような形をした小型のピアノです。1828年の「シーボルト事件」でシーボルトが帰国する際に熊谷家に寄贈したとされています。そのわずか40年後、時代は江戸から明治へと移り変わっていくのです。~

シーボルトは貴族の家系でしたので、ある程度たしなみとしてピアノを弾けたようです。でも、プロの音楽家ではありませんから、音楽を聴いて楽譜をおこすためには何か楽器が必要です。そこで、ピアノが登場するわけです。シーボルトは色々な音楽を聴いてはそれをピアノで弾いてみて、楽譜に書いて祖国へ持って帰ろうとしていたのでしょう。
 現在、シーボルトの子孫にあたる人が、そのシーボルトの自筆の楽譜を大切に保管しています。その楽譜は日本の「かっぽれ」を楽譜にしたものです。あるテレビ番組で作曲家の羽田健太郎さんがその方を訪ねて、その「かっぽれ」の楽譜を演奏していました。とても「かっぽれ」には聞こえなかったのですが、まったく文化の違う日本の音楽を一生懸命記録しようと苦労しているシーボルトの姿が目に浮かぶようでした。
 1999年、熊谷家に保存されていたシーボルトのピアノが修復され、そのピアノによる演奏会が催されました。ニュースの映像だけではその音がどのようなものかはわかりませんでしたが、きっと、歴史的なロマンをいっぱい感じさせられる音だったでしょうね。~『ピアノ物語』より引用しましたので、リンクしておきます音譜