今日は、晴れていましたが、霞がかかって、お天気のせいだったり、PM2.5の影響だったり、遠くの景色が薄ぼんやりとしていましたね
今日は、節分で、夜、豆まきをしようと思っていますが、恵方巻きも、あちらこちらのスーパーやコンビニ、そして寿司専門店などが売っていて、出来合いの小さめなものを買い求めてきたので、今年の恵方の東北東を向いて、食べましょうと思っています
それに、おかずとして、お魚やサツマイモやしめじ、タマネギ人参などの、野菜の天ぷらと、お吸い物を作りました
方位磁石を探したら、60年以上前のものをみつけて、毎年の節分に使っています
恵方と節分について、にわか調べをしてみたら、ウィキペディアに下記のようにありました
節分について
節分(せつぶん、または、せちぶん)は、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。節分とは「季節を分ける」ことをも意味している。江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多い。以下、立春の前日の節分、およびその日に行われる各種行事について述べる。
節分の豆まきは、豆を撒き、撒かれた豆を自分の年齢(数え年)の数だけ食べる。また、自分の年の数の1つ多く食べると、体が丈夫になり、風邪をひかないというならわしがあるところもある。豆は「魔滅」に通じ、鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いがある[1]。寺社が邪気払いに行った豆打ちの儀式を起源とした行事であり[1]、室町時代の書物における記載が最も古い記載であることから少なくとも日本では室町時代以降の風習であると考えられる。初期においては豆は後ろの方にまくことが始まりだった。
恵方について
歳徳神の在する方位を恵方(えほう、吉方、兄方)、または明の方(あきのかた)と言い、その方角に向かって事を行えば、万事に吉とされる。本命星と恵方が同一になった場合は特に大吉となる。しかし、金神などの凶神が一緒にいる場合は凶方位になる。
かつては、初詣は自宅から見て恵方の方角の寺社に参る習慣があった(恵方詣り)。
歳徳神(としとくじん、とんどさん)は、陰陽道で、その年の福徳を司る神である。年徳、歳神、正月さまなどとも言う。
ほとんどの暦では、最初の方のページに王妃のような姿の美しい姫神の歳徳神を記載している。歳徳神の由来には諸説あり、『簠簋』では、牛頭天王の后・八将神の母の頗梨采女(はりさいじょ)であるとしているが、これはでたらめであるとの批判もある。また、牛頭天王が須佐之男尊と習合したことから、その妃の櫛稲田姫とも同一視される。 ウィキペディアより
みけにゃんも相変わらず、散歩を楽しんでいますにゃん

猫草も食べていますにゃん

昨日の甲突川~岩崎橋付近

今日は、節分で、夜、豆まきをしようと思っていますが、恵方巻きも、あちらこちらのスーパーやコンビニ、そして寿司専門店などが売っていて、出来合いの小さめなものを買い求めてきたので、今年の恵方の東北東を向いて、食べましょうと思っています

それに、おかずとして、お魚やサツマイモやしめじ、タマネギ人参などの、野菜の天ぷらと、お吸い物を作りました

方位磁石を探したら、60年以上前のものをみつけて、毎年の節分に使っています

恵方と節分について、にわか調べをしてみたら、ウィキペディアに下記のようにありました

節分について
節分(せつぶん、または、せちぶん)は、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。節分とは「季節を分ける」ことをも意味している。江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多い。以下、立春の前日の節分、およびその日に行われる各種行事について述べる。
節分の豆まきは、豆を撒き、撒かれた豆を自分の年齢(数え年)の数だけ食べる。また、自分の年の数の1つ多く食べると、体が丈夫になり、風邪をひかないというならわしがあるところもある。豆は「魔滅」に通じ、鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いがある[1]。寺社が邪気払いに行った豆打ちの儀式を起源とした行事であり[1]、室町時代の書物における記載が最も古い記載であることから少なくとも日本では室町時代以降の風習であると考えられる。初期においては豆は後ろの方にまくことが始まりだった。
恵方について
歳徳神の在する方位を恵方(えほう、吉方、兄方)、または明の方(あきのかた)と言い、その方角に向かって事を行えば、万事に吉とされる。本命星と恵方が同一になった場合は特に大吉となる。しかし、金神などの凶神が一緒にいる場合は凶方位になる。
かつては、初詣は自宅から見て恵方の方角の寺社に参る習慣があった(恵方詣り)。
歳徳神(としとくじん、とんどさん)は、陰陽道で、その年の福徳を司る神である。年徳、歳神、正月さまなどとも言う。
ほとんどの暦では、最初の方のページに王妃のような姿の美しい姫神の歳徳神を記載している。歳徳神の由来には諸説あり、『簠簋』では、牛頭天王の后・八将神の母の頗梨采女(はりさいじょ)であるとしているが、これはでたらめであるとの批判もある。また、牛頭天王が須佐之男尊と習合したことから、その妃の櫛稲田姫とも同一視される。 ウィキペディアより
みけにゃんも相変わらず、散歩を楽しんでいますにゃん


猫草も食べていますにゃん


昨日の甲突川~岩崎橋付近









