2020年オリンピック・パラリンピックは東京で開催!
国際オリンピック委員会(IOC)はブエノスアイレスで開いている125次総会で、2020年夏季オリンピック・パラリンピック開催都市を決める投票を行い、東京を開催地に決定されました。
東京でのオリンピック開催は、1964年大会以来56年ぶり2度目となります。
昨日、朝のニュースで、オリンピックが、2020年に、再び、東京で開催されるとニュースがあり、7年後へ、あらゆる面で、良い方向へ向っていけばと願いながら、画面を観ていました
様々な方々が、様々な思いを抱きながら、このニュースを観ているのでしょうと思いました
1964年は、オリンピックの開会式、入場する各国の選手団、そして、聖火ランナーや灯る聖火、そして、白熱する競技を、両親とともに、TVで観戦していました
オリンピック期間中、子供ながらに心弾ませて、家族で盛り上がって、観戦したのを思い出しました
世界中の方々が、手を取り合って、笑い合って、楽しそうに歩いての閉会式は、子供ながらに印象深く、心に残っています
49年前で、その頃は、両親も若く、戦前、戦中、戦後、そして、戦後復興、高度経済成長と、めまぐるしい時代の中で、一生懸命、生きていたのだと、今更ながらに思います
オリンピック招致のプレゼンテーション、心に響くものでしたね
特に、気仙沼出身の、佐藤真海さんの、プレゼンテーションのスピーチは、心深く、響いてきました
大変な病気と手術を乗り越えて、再び、アスリートの道を歩んで、さらに、東日本大震災を体験されて、家族を想い、難儀な事をたくさん体験されながらも、スポーツの力という灯火を心に抱いて、砕かれそうになりながらも、立ち上がり、歩き続け、走り続け、、、
そして、ステキなお仲間や後輩の子供たちに恵まれ、東日本大震災で被災された子供たちを励まし続けてきた、スポーツ選手の方々のお話。。。。。
とてもステキな心に残るお話を聴かせていただいたと思いました
7年後という未来に、希望や夢の灯りを灯し続けていけたらいいですね
特に、子供たち、若い方々の事を思いました
もちろん、オリンピックの事ばかりではなく、これを機会に、東日本大震災で被災された方々の生活が、スピードアップして、良い方向へ向います様に、復興のスピードが加速しますように、また、防災面でも、自然災害に強い町づくりができますように、東京ばかりではなく、全体が、良くなっていきますようにと願うばかりです
1964年のオリンピック東京大会の聖火が、今も鹿児島に灯され続けています

鹿児島市にある、鹿児島県 県立青少年研修センターに、「希望の火」と名付けられて、本館ロビーの船舶用ランプの中に、かわいい炎として、燃え続けているそうです
離島の子供たちにも、聖火を見せてあげたいと、ある方が、聖火リレーの時に、こっそりと分火して、今は、県立青少年研修センターで、職員の方が、週に1度、給油と掃除をし、火を守ってきたそうです
ろうそくを手に集う「灯火の集い」やキャンプファイアなどに使うそうです
戦後復興の象徴で、世界に認められた東京五輪だけに、同じ火でも思いが違うと、大事にされ続けているそうです
そういえばと、探してみたら、うちにも、東京オリンピックに因んだものがみつかりましたので、アップします

オリンピック 東京大会 記念乗車券
オリンピック東京大会が開催された1964年の切手
1959年 5月26日
IOC総会で、1964年の夏季オリンピック開催地が東京に決まる。
1959年の切手
長野冬季オリンピック(1998年2月7日から2月22日まで)から15年ですね
国際オリンピック委員会(IOC)はブエノスアイレスで開いている125次総会で、2020年夏季オリンピック・パラリンピック開催都市を決める投票を行い、東京を開催地に決定されました。
東京でのオリンピック開催は、1964年大会以来56年ぶり2度目となります。
昨日、朝のニュースで、オリンピックが、2020年に、再び、東京で開催されるとニュースがあり、7年後へ、あらゆる面で、良い方向へ向っていけばと願いながら、画面を観ていました

様々な方々が、様々な思いを抱きながら、このニュースを観ているのでしょうと思いました

1964年は、オリンピックの開会式、入場する各国の選手団、そして、聖火ランナーや灯る聖火、そして、白熱する競技を、両親とともに、TVで観戦していました

オリンピック期間中、子供ながらに心弾ませて、家族で盛り上がって、観戦したのを思い出しました

世界中の方々が、手を取り合って、笑い合って、楽しそうに歩いての閉会式は、子供ながらに印象深く、心に残っています

49年前で、その頃は、両親も若く、戦前、戦中、戦後、そして、戦後復興、高度経済成長と、めまぐるしい時代の中で、一生懸命、生きていたのだと、今更ながらに思います

オリンピック招致のプレゼンテーション、心に響くものでしたね

特に、気仙沼出身の、佐藤真海さんの、プレゼンテーションのスピーチは、心深く、響いてきました

大変な病気と手術を乗り越えて、再び、アスリートの道を歩んで、さらに、東日本大震災を体験されて、家族を想い、難儀な事をたくさん体験されながらも、スポーツの力という灯火を心に抱いて、砕かれそうになりながらも、立ち上がり、歩き続け、走り続け、、、
そして、ステキなお仲間や後輩の子供たちに恵まれ、東日本大震災で被災された子供たちを励まし続けてきた、スポーツ選手の方々のお話。。。。。
とてもステキな心に残るお話を聴かせていただいたと思いました

7年後という未来に、希望や夢の灯りを灯し続けていけたらいいですね

特に、子供たち、若い方々の事を思いました

もちろん、オリンピックの事ばかりではなく、これを機会に、東日本大震災で被災された方々の生活が、スピードアップして、良い方向へ向います様に、復興のスピードが加速しますように、また、防災面でも、自然災害に強い町づくりができますように、東京ばかりではなく、全体が、良くなっていきますようにと願うばかりです

1964年のオリンピック東京大会の聖火が、今も鹿児島に灯され続けています


鹿児島市にある、鹿児島県 県立青少年研修センターに、「希望の火」と名付けられて、本館ロビーの船舶用ランプの中に、かわいい炎として、燃え続けているそうです

離島の子供たちにも、聖火を見せてあげたいと、ある方が、聖火リレーの時に、こっそりと分火して、今は、県立青少年研修センターで、職員の方が、週に1度、給油と掃除をし、火を守ってきたそうです

ろうそくを手に集う「灯火の集い」やキャンプファイアなどに使うそうです

戦後復興の象徴で、世界に認められた東京五輪だけに、同じ火でも思いが違うと、大事にされ続けているそうです

そういえばと、探してみたら、うちにも、東京オリンピックに因んだものがみつかりましたので、アップします


オリンピック 東京大会 記念乗車券
オリンピック東京大会が開催された1964年の切手
1959年 5月26日
IOC総会で、1964年の夏季オリンピック開催地が東京に決まる。
1959年の切手
長野冬季オリンピック(1998年2月7日から2月22日まで)から15年ですね




