昨日、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられる予定だった国産の新型ロケット、イプシロンの打ち上げ、残念ながら、昨日は、中止になってしまいましたね。。。
打ち上げ19秒前に、カウントが中断したそうですね
ロケット自身が点検する世界初の仕組み「ROSE」が導入されているとか、そのコンピューターの発射管制設備と連携してイプシロンロケットの点検を行い、点検完了と同時にその評価を技術者へ示す事ができるとか、自立制御が働いているとか、打ち上がってからの失敗を、未然に防いだとも取れる訳で、まだ、点火は、してない訳で、充分な点検後に、また、打ち上げをできるので、やはり、失敗ではなく、ひとつの成果だったと感じました
何だか、SFの本や映画で知っている事が、現実になってきていて、不思議な感じです。。。
自動車も、この頃、事故を未然に防ぐ、自動制御、自動運転のできる、車の開発が進んでいるとニュースであって、昨日のロケットと重なって、映画やTVで観た場面が色々と浮かびました
周りの、見学にいらした方々や、ご準備された方々、いろいろな影響を受けて、いろいろと大変だった方々、多くいらっしゃいますが、、、、
次回のロケット打ち上げを期待しながら、ニュースを観ていました
『イプシロン』の名前の由来
イプシロン (Ε) の名前は公式には「Evolution & Excellence(技術の革新・発展)」「Exploration(宇宙の開拓)」「Education(技術者の育成)」に由来する。ラムダ (Λ) ロケット・ミュー (Μ) ロケットなど日本で開発されてきた固体ロケット技術を受け継ぐ意味を込めギリシア文字が用いられた。正式な名称のない頃から、一部報道で名称は「イプシロン(エプシロン)ロケット」が有力候補とされていた。また、ISASのOBなどが参加するトークライブなどでは、「いいロケット」の駄洒落で「Eロケット」→「イプシロンロケット」になったと言う話が公式決定前からアナウンスされていた。~ウィキペディアより
以前、出かけた時の記事の再アップですが。。。
平川動物園に隣接する、錦江湾公園は、広々として緑たっぷりな公園で、ゆったりと散策したり、遊んだり、くつろいだりできます
その公園内には、HⅡロケット実物大模型&現役の6m電波望遠鏡が、あります
昨年訪れた時のフォトとともに、お楽しみくださいね
現役6m電波望遠鏡
昨年訪れた時
鹿児島観測局
この望遠鏡は1970年東京大学東京天文台内(三鷹市)に建設されて成果を挙げ、1980年に長野県野辺山での世界一の45mミリ波電波望遠鏡建設に大きく貢献しました。1993年にはバラ園で有名な錦江湾公園内に移設され、45m鏡、茨城県鹿嶋の34m鏡、水沢の10m鏡と組んで口径1306km、日本列島サイズの電波望遠鏡を実現しています。1992年にはオリオン星雲からの水蒸気の異常電波の発見などで活躍しVERA計画実現の牽引役を務めました。
現在も観測データを用いて学生が論文を出版するなど現役です。グリーンベルトの緑の中に白く映えるH-IIロケットと6m望遠鏡の姿はとても美しく、市民に愛されています。
わかりやすくさらに詳しく解説してある、ページがありましたので、リンクしておきますね

6m電波望遠鏡で見た宇宙

2013年5月12日
HⅡロケット実物大模型とロケット広場昨年訪れた時
国土地理院 三角点
天文館中央公園(テンパーク)からほど近いところに、『宇宙情報館』があります
宇宙関連は、好きなので、プラネタリウムや科学館、オムニマックスに、でかけたり、鹿児島市立科学館へ、『はやぶさ』を観にでかけたり、夜空を横切る、宇宙ステーションを何回か、確認したり、ロケットの打ち上げ時刻に、空のロケット打ち上げ軌道雲をみつけたり、、、オデッセイやコズミックフロントなどの宇宙関連の番組を見たり、もちろん、毎日、見上げる空の様々な表情、光、風、色合い、雲、、、、、やはり、空&宇宙は、好きです
宇宙情報館には、様々な模型や写真や解説のパネルや映像が充実していて、グッズも色々な種類がありました
また、訪れたいです
2013年1月1日の新聞記事を再アップ
天文館の名前の由来について
~以前アップした記事より再アップ
その名前の通り、天体を観測する明時館という観測所があったそうで、江戸時代から、鹿児島は、宇宙に近いところにあったのだとあらためて思います

今も、『小惑星探査機 はやぶさ』の打ち上げがあった、内之浦や、種子島のロケット基地など、宇宙へと向けられた場所があります


そういえば、ニュースで報道されていましたが、東映の映画『はやぶさ/HAYABUSA』のロケが6月30日から数日間、探査機が打ち上げられた鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所であったそうです

『はやぶさ/HAYABUSA』に、リンクしておきますね
江戸時代、第25代薩摩藩主・島津重豪が、この界隈に天体観測や暦を研究する施設明時館、別名「天文館」を建設したことに由来する。
明治期までは薄の生える空き地も目立つような寂しい場所であったが、大正時代後半から昭和初期にかけて路面電車が開通し、同時に多数の映画館や劇場が開館した。それに伴い鹿児島各地から昼夜の別なく多くの人々が押し寄せるようになり、まもなく周辺に映画客目当てとした飲屋や赤線、食堂などが自然発生的に現れた。千日町や山之口町界隈の歓楽街は、その頃に原型が形成された。
ウィキペディアより
明時館は、どんな建物だったか調べていたら、こんな記述がみつかりました
ドーム状の建物があったり、なんだか今の観測所に近いような気がして、そして、かなり大規模で、その時代の方々も空を観測していたと思うとロマンを感じます
明時館について
島津重豪は教育施設として、造士館、演武館、医学館をととのえ、天文、暦学研究、暦編纂の施
設として、明時館を設立した。
明時館の広さは632坪(2086㎡)あり、天保年間城下絵図によると、周囲は塀で囲まれ、
数棟の建物と天体観測用と思われる、現在の天文観測ドームに似たドーム状の建物があり、傍らに
高い旗が立っており、当時としては非常に人目を引いたと思われる。
明時館の模様を「明時館記」や「一話一言」などは次のように書いている。
館の中央に切石で築いた1丈三尺(4.3m)の四角推の露台があり、その上に「星側の器」(渾天儀か)が備えてあり、天文生は毎夜この上に昇り天体観測をしていたという。
これが先のドーム状の建物であろう。この側に「日輪を窺うの台」があり、その中に量天鏡の大きいのをしつらえ「ゾンガラスを当て毎日、日中に日輪」を観測していた。ゾンガラスはオランダ語で、英語のサングラスのことである。
館には天文生数人がいて「算法を似て、日輪の度数、毎夜の星の移転を推歩し、実測と合うや違うや」を試していたという。
こうして出来たのが薩摩暦である。
『明時館』の天体観測所の一部復元が、『維新ふるさとロード』にあります
天文館の天体観測所の明時館の復元
鹿児島市役所ホームページ 歴史ロード☆維新ふるさとの道に、詳しく記載があります
内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた、小惑星探査機「はやぶさ」が、7年ぶりに帰還したのは、2010年の6月13日でしたね

地元内之浦の婦人会は、ロケット打ち上げの度に千羽鶴を送り続けたそうで、帰還の成功を、内之浦の地元中が、喜んだそうです
みけにゃんママのブログでも、『はやぶさ』について、数回、話題にしましたが、鹿児島県は、種子島と内之浦という、ロケット基地があり、宇宙に一番近い県です

鹿児島市立科学館開館20周年記念事業として、市立科学館で催されていた、小惑星探査機『はやぶさ』帰還カプセル特別公開に、2010年12月11日に、でかけました
駐車場も満車で、長く並びましたが、誘導もスムースで、しばらく待つと、駐車場に車を停める事ができて、鹿児島市立科学館の4階での公開をゆっくりと観る事ができました
やはり、遠い遠い小惑星「イトカワ」まで行って帰って来たと思うと、とても感動的でした

撮影禁止でしたので、市立科学館の建物の写真と記念に買ったストラップの写真をアップしますね





打ち上げ19秒前に、カウントが中断したそうですね

ロケット自身が点検する世界初の仕組み「ROSE」が導入されているとか、そのコンピューターの発射管制設備と連携してイプシロンロケットの点検を行い、点検完了と同時にその評価を技術者へ示す事ができるとか、自立制御が働いているとか、打ち上がってからの失敗を、未然に防いだとも取れる訳で、まだ、点火は、してない訳で、充分な点検後に、また、打ち上げをできるので、やはり、失敗ではなく、ひとつの成果だったと感じました

何だか、SFの本や映画で知っている事が、現実になってきていて、不思議な感じです。。。
自動車も、この頃、事故を未然に防ぐ、自動制御、自動運転のできる、車の開発が進んでいるとニュースであって、昨日のロケットと重なって、映画やTVで観た場面が色々と浮かびました

周りの、見学にいらした方々や、ご準備された方々、いろいろな影響を受けて、いろいろと大変だった方々、多くいらっしゃいますが、、、、
次回のロケット打ち上げを期待しながら、ニュースを観ていました

『イプシロン』の名前の由来

イプシロン (Ε) の名前は公式には「Evolution & Excellence(技術の革新・発展)」「Exploration(宇宙の開拓)」「Education(技術者の育成)」に由来する。ラムダ (Λ) ロケット・ミュー (Μ) ロケットなど日本で開発されてきた固体ロケット技術を受け継ぐ意味を込めギリシア文字が用いられた。正式な名称のない頃から、一部報道で名称は「イプシロン(エプシロン)ロケット」が有力候補とされていた。また、ISASのOBなどが参加するトークライブなどでは、「いいロケット」の駄洒落で「Eロケット」→「イプシロンロケット」になったと言う話が公式決定前からアナウンスされていた。~ウィキペディアより
以前、出かけた時の記事の再アップですが。。。
平川動物園に隣接する、錦江湾公園は、広々として緑たっぷりな公園で、ゆったりと散策したり、遊んだり、くつろいだりできます

その公園内には、HⅡロケット実物大模型&現役の6m電波望遠鏡が、あります

昨年訪れた時のフォトとともに、お楽しみくださいね

現役6m電波望遠鏡
昨年訪れた時
鹿児島観測局
この望遠鏡は1970年東京大学東京天文台内(三鷹市)に建設されて成果を挙げ、1980年に長野県野辺山での世界一の45mミリ波電波望遠鏡建設に大きく貢献しました。1993年にはバラ園で有名な錦江湾公園内に移設され、45m鏡、茨城県鹿嶋の34m鏡、水沢の10m鏡と組んで口径1306km、日本列島サイズの電波望遠鏡を実現しています。1992年にはオリオン星雲からの水蒸気の異常電波の発見などで活躍しVERA計画実現の牽引役を務めました。
現在も観測データを用いて学生が論文を出版するなど現役です。グリーンベルトの緑の中に白く映えるH-IIロケットと6m望遠鏡の姿はとても美しく、市民に愛されています。
わかりやすくさらに詳しく解説してある、ページがありましたので、リンクしておきますね


6m電波望遠鏡で見た宇宙

2013年5月12日
HⅡロケット実物大模型とロケット広場昨年訪れた時
国土地理院 三角点

天文館中央公園(テンパーク)からほど近いところに、『宇宙情報館』があります

宇宙関連は、好きなので、プラネタリウムや科学館、オムニマックスに、でかけたり、鹿児島市立科学館へ、『はやぶさ』を観にでかけたり、夜空を横切る、宇宙ステーションを何回か、確認したり、ロケットの打ち上げ時刻に、空のロケット打ち上げ軌道雲をみつけたり、、、オデッセイやコズミックフロントなどの宇宙関連の番組を見たり、もちろん、毎日、見上げる空の様々な表情、光、風、色合い、雲、、、、、やはり、空&宇宙は、好きです

宇宙情報館には、様々な模型や写真や解説のパネルや映像が充実していて、グッズも色々な種類がありました

また、訪れたいです

2013年1月1日の新聞記事を再アップ

天文館の名前の由来について
~以前アップした記事より再アップその名前の通り、天体を観測する明時館という観測所があったそうで、江戸時代から、鹿児島は、宇宙に近いところにあったのだとあらためて思います


今も、『小惑星探査機 はやぶさ』の打ち上げがあった、内之浦や、種子島のロケット基地など、宇宙へと向けられた場所があります



そういえば、ニュースで報道されていましたが、東映の映画『はやぶさ/HAYABUSA』のロケが6月30日から数日間、探査機が打ち上げられた鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所であったそうです


『はやぶさ/HAYABUSA』に、リンクしておきますね

江戸時代、第25代薩摩藩主・島津重豪が、この界隈に天体観測や暦を研究する施設明時館、別名「天文館」を建設したことに由来する。
明治期までは薄の生える空き地も目立つような寂しい場所であったが、大正時代後半から昭和初期にかけて路面電車が開通し、同時に多数の映画館や劇場が開館した。それに伴い鹿児島各地から昼夜の別なく多くの人々が押し寄せるようになり、まもなく周辺に映画客目当てとした飲屋や赤線、食堂などが自然発生的に現れた。千日町や山之口町界隈の歓楽街は、その頃に原型が形成された。
ウィキペディアより
明時館は、どんな建物だったか調べていたら、こんな記述がみつかりました
ドーム状の建物があったり、なんだか今の観測所に近いような気がして、そして、かなり大規模で、その時代の方々も空を観測していたと思うとロマンを感じます

明時館について
島津重豪は教育施設として、造士館、演武館、医学館をととのえ、天文、暦学研究、暦編纂の施
設として、明時館を設立した。
明時館の広さは632坪(2086㎡)あり、天保年間城下絵図によると、周囲は塀で囲まれ、
数棟の建物と天体観測用と思われる、現在の天文観測ドームに似たドーム状の建物があり、傍らに
高い旗が立っており、当時としては非常に人目を引いたと思われる。
明時館の模様を「明時館記」や「一話一言」などは次のように書いている。
館の中央に切石で築いた1丈三尺(4.3m)の四角推の露台があり、その上に「星側の器」(渾天儀か)が備えてあり、天文生は毎夜この上に昇り天体観測をしていたという。
これが先のドーム状の建物であろう。この側に「日輪を窺うの台」があり、その中に量天鏡の大きいのをしつらえ「ゾンガラスを当て毎日、日中に日輪」を観測していた。ゾンガラスはオランダ語で、英語のサングラスのことである。
館には天文生数人がいて「算法を似て、日輪の度数、毎夜の星の移転を推歩し、実測と合うや違うや」を試していたという。
こうして出来たのが薩摩暦である。
『明時館』の天体観測所の一部復元が、『維新ふるさとロード』にあります

天文館の天体観測所の明時館の復元
鹿児島市役所ホームページ 歴史ロード☆維新ふるさとの道に、詳しく記載があります

内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた、小惑星探査機「はやぶさ」が、7年ぶりに帰還したのは、2010年の6月13日でしたね


地元内之浦の婦人会は、ロケット打ち上げの度に千羽鶴を送り続けたそうで、帰還の成功を、内之浦の地元中が、喜んだそうです

みけにゃんママのブログでも、『はやぶさ』について、数回、話題にしましたが、鹿児島県は、種子島と内之浦という、ロケット基地があり、宇宙に一番近い県です


鹿児島市立科学館開館20周年記念事業として、市立科学館で催されていた、小惑星探査機『はやぶさ』帰還カプセル特別公開に、2010年12月11日に、でかけました

駐車場も満車で、長く並びましたが、誘導もスムースで、しばらく待つと、駐車場に車を停める事ができて、鹿児島市立科学館の4階での公開をゆっくりと観る事ができました

やはり、遠い遠い小惑星「イトカワ」まで行って帰って来たと思うと、とても感動的でした


撮影禁止でしたので、市立科学館の建物の写真と記念に買ったストラップの写真をアップしますね























