天文館中央公園(テンパーク)からほど近いところに、『宇宙情報館』ができたので、でかけました音譜

宇宙関連は、好きなので、プラネタリウムや科学館、オムニマックスに、でかけたり、鹿児島市立科学館へ、『はやぶさ』を観にでかけたり、夜空を横切る、宇宙ステーションを何回か、確認したり、ロケットの打ち上げ時刻に、空のロケット打ち上げ軌道雲をみつけたり、、、オデッセイやコズミックフロントなどの宇宙関連の番組を見たり、、、やはり、空は、好きです音譜

宇宙情報館には、様々な模型や写真や解説のパネルや映像が充実していて、グッズも色々な種類がありました音譜
また、訪れたいです音譜

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2013年1月1日の新聞記事を再アップ音譜
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天文館の名前の由来について音譜~以前アップした記事より再アップ
その名前の通り、天体を観測する明時館という観測所があったそうで、江戸時代から、鹿児島は、宇宙に近いところにあったのだとあらためて思います音譜音譜

今も、『小惑星探査機 はやぶさ』の打ち上げがあった、内之浦や、種子島のロケット基地など、宇宙へと向けられた場所があります音譜音譜音譜

 そういえば、ニュースで報道されていましたが、東映の映画『はやぶさ/HAYABUSA』のロケが6月30日から数日間、探査機が打ち上げられた鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所であったそうです音譜音譜

『はやぶさ/HAYABUSA』に、リンクしておきますね音譜

江戸時代、第25代薩摩藩主・島津重豪が、この界隈に天体観測や暦を研究する施設明時館、別名「天文館」を建設したことに由来する。
明治期までは薄の生える空き地も目立つような寂しい場所であったが、大正時代後半から昭和初期にかけて路面電車が開通し、同時に多数の映画館や劇場が開館した。それに伴い鹿児島各地から昼夜の別なく多くの人々が押し寄せるようになり、まもなく周辺に映画客目当てとした飲屋や赤線、食堂などが自然発生的に現れた。千日町や山之口町界隈の歓楽街は、その頃に原型が形成された。
                         ウィキペディアより


明時館は、どんな建物だったか調べていたら、こんな記述がみつかりました音譜 
ドーム状の建物があったり、なんだか今の観測所に近いような気がして、そして、かなり大規模で、その時代の方々も空を観測していたと思うとロマンを感じます音譜

明時館について
島津重豪は教育施設として、造士館、演武館、医学館をととのえ、天文、暦学研究、暦編纂の施
設として、明時館を設立した。
明時館の広さは632坪(2086㎡)あり、天保年間城下絵図によると、周囲は塀で囲まれ、
数棟の建物と天体観測用と思われる、現在の天文観測ドームに似たドーム状の建物があり、傍らに
高い旗が立っており、当時としては非常に人目を引いたと思われる。
明時館の模様を「明時館記」や「一話一言」などは次のように書いている。
館の中央に切石で築いた1丈三尺(4.3m)の四角推の露台があり、その上に「星側の器」(渾天儀か)が備えてあり、天文生は毎夜この上に昇り天体観測をしていたという。
これが先のドーム状の建物であろう。この側に「日輪を窺うの台」があり、その中に量天鏡の大きいのをしつらえ「ゾンガラスを当て毎日、日中に日輪」を観測していた。ゾンガラスはオランダ語で、英語のサングラスのことである。
館には天文生数人がいて「算法を似て、日輪の度数、毎夜の星の移転を推歩し、実測と合うや違うや」を試していたという。
こうして出来たのが薩摩暦である。


『明時館』の天体観測所の一部復元が、『維新ふるさとロード』にあります音譜
天文館の天体観測所の明時館の復元
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鹿児島市役所ホームページ 歴史ロード☆維新ふるさとの道に、詳しく記載があります音譜


昨日の、若葉色萌葱色美しい、テンパーク音譜
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