8/11から8/17までステント交換の入院。

熱も出ず、無事にステント交換が終わった。


8/18からまた一人暮らしが始まる。

訪問看護師が、火曜土曜日曜の午前

ヘルパーさんが、月曜水曜木曜金曜の午前

お風呂の準備をしてくださるヘルパーさんが火曜と金曜の午後


というように、6月から計画をし、なんとか暮らしていて、この退院後もまた一人暮らしができると思っていたが実際にはそうはいかなかった。


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8/22の金曜日の夜、訪問看護師から連絡がありちょっと意識レベルが低くて、血圧も下がり気味。救急搬送したほうがいいとのこと。


とはいえ、私は仕事中。

すぐには実家に戻れない。


でも救急車に乗るには同行者がいるらしい。

(知りませんでした)


ここはもうどうしょうもないと、母の妹Мに、病院までの同行を頼んだ。


Мの家と母の家は車で30〜40分くらい。

夜だし、Мも80才だし、タクシーで向かってもらうようお願いしたが、


「馬鹿にしないで、自分で車で行く」と!

(馬鹿にしてるわけじゃないんだけど…)


Мは、周囲のコントロールが効かないタイプなので、もうMの自由にしてもらい、お願いした。

(もうMには頼んではいけないと肝に命じた)


無事に母の家に着いたようだが、また訪問看護師から電話が入る。


Mさん、救急車に乗らないと言ってるんですと。


あー、Mは何のために母の家に来たかが理解できていない。

私から改めてМに親族として同乗してほしいとお願いし、納得してもらえた。


しかし、自分の車で母の家まで来ているから、救急車に乗って病院に行ったら、帰る手段がない!と大騒ぎしている。

(だからタクシーで往復して欲しかったのだ、お金の問題ではない)


Мは、救急搬送先に自分の車でいくことなったが、今度は救急搬送先がわからないと騒いでいる。


結局、訪問看護師さんが車でМの車を先導してくださった。


訪問看護師さん、本当にごめんなさい。


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無事に、いつものS病院に救急搬送され、当直医から脱水症状との診断。軽い熱中症になっていたようだ。


2025年の猛暑の中、冷房もしっかり入れていたが、食欲がない中、水分も取れておらずこういう状態になったのだと思う。


この出来事で、私と兄は、退院先を介護施設することを決めることができた。


仕事を切り上げで、夫と病院に向かった。

Мも病院に居てくれた。

その後、兄家族も到着。


母が病室に入り寝るのを見届けて解散した。