自分の望む方向さえ見失わなければ
願う方向へ向かっている
そう信じられるところまで到達したかも知れない
※過去実績として言えるのに・・・“かも知れない”表現^^;
『思考は現実化する』
20代の頃、よく言われていた文言
その頃は、思考し、それに沿って叶えようと行動するから
“思考は現実化する”という表現が(人間社会に)出てきたと思っていた
※上記解釈も間違いではない、しかし、それだけでもない
『引き寄せの法則』本に出会い
2017年8月29日up
エイブラハムは語ります
「言葉ではなく、人生経験を通じてわかるのだ。
だから、あなたがたもこの本で読んだことと、
自分の人生経験との絶対的な関係を理解しようと思うなら、
自分の人生経験を振り返り、
これからの人生経験を観察してみるといい。」
私自身、以前から過去に思考したこととの一致が人生に何度かあり
※大事なところを赤字にしてみました
上記ブログでかなりまとめられていると思います。
問題は、“タイトル”どんなタイトルが多くの人の役に立つタイトルになるのだろう?
未だ、試行錯誤しています。
そう言えば、“ハッシュタグ”というものもありましたね^^;
今までの私は、とにかく、今世、表舞台で目立つ位置には立ちたくない
これが自分の望む方向・望む社会に向けて動くより勝っていたのです^^;
過去世での辛い思い感情が優先されていました。
人は愚かな生き物です。人間社会にはいつも狭間ができます。
どれほど、それぞれの幸せを願おうと・・・(社会の法では狭間ができるのです)
本当は、それぞれ当人が幸せになる^^可能なのですが。。。
なぜ、狭間ができるか・・・他と比較するからです。
(法の狭間に陥った時、なぜ、自分だけ・・・自分達だけ・・・)
比べるのは、自分自身の心の中、自分が幸せを感じているどうかなのに。。。
(狭間に陥って、辛い面だけを見てしまうから・・・反面が必ずあります見つけましょう)
他から“かわいそう”と言われ
他との比較をすると・・・“私かわいそうかも”となっていくのです
過去に書いたことがあります。
子育てで、親御さんが子どもさんに対して
「“かわいそう”という見方をしないでください」と
子どもさんは、誰かに“かわいそう”という思考を入れられない限り
“自分かわいそう”感情はないのです。
※赤ちゃんは無垢な状態で生まれてきます。
但し、お腹の中で成長している時から意識はありますからね
さぁ、改めて“シン”ステージを生きよう
揺れている自分をも信じる・・・確信し精進
“感じる”と“思う”の一致
人は感情の生きもの
と
同時に
理性があるのが人間
“感情”を抑制するのではなく、思考による『理性』とのバランスをとる
当事者として生きるとは
“感情”“思考”どちらもが“度”を過ぎず
※新たな表現に出会いました。
“静かに燃える情熱を持った淡々とした気持ち”
=『引き寄せの法則』本に書かれている“ワクワク”
引き寄せ本と出合ってから“ワクワク”の表現を使いながら
漠然と違和感が付きまとっていたのがかなりスッキリしました
まだ、少し違和感が残ってます。
自分自身が活用できる表現として取り込むには
まだ、ワクワクの定義が少し違うようです
自分(だけの配分)バランスをとること
自分自身の内面と外面、肉体と精神
感情・思考一致、言動一致、
一致しない間は、どちらが先でもいい
なりたい自分に向かって、精進するのみ
※精進・・・(息をしている思考している)存在している自分を認め
流れに沿って、生きる(前に進む)
それぞれの道(未知)に
幸
あらんことを
※感情をナビゲーションとして活用
※私が使う「自由」の定義
仏教に由来 「自らに由る」
各自、それぞれのペースで
自由意思のもと
周りと調和しながら
自分自身を生きる
Have a good time!
I'm so happy for you.
自由にブログない検索し、どんどん、自分(己)の生き方、個々論の参考にしてもらえたら
とっても、嬉しいです^^
人は、人と人の間で生きて人間
ご縁に感謝
後記
実に面白い
過去につかったことあるなぁ~久しぶりの感覚
東野圭吾さん原作・ガリレオシリーズ主演の福山雅治さんの口癖
そのままに
先日から、娘とのやり取りで“いい方に”何かモヤモヤ
まとめたいけど・・・
そして、いつか必ず読もうとブラウザを開いたままにしていた
自分でもあきれるぐらい長い間
マジ(“いいね!”をしてくださって知った方だったから知れべてみると)
2023年6月23日がその日でした
少なく見積もっても、半年以上、読める状態を維持していた
こちらのサイトです。読む読まないはお好きにどうぞ。
ワクワク= “静かに燃える情熱を持った淡々とした気持ち”
こちらの記事から頂きました
2024年3月2日から3日にかけて読みまとめました。
此の方の最新アメーバブログは
こちら
“「腑落ち感」という感覚”
今日読ませて頂きました。自分は全てではないですが
「腑落ち感」があります。
そして、昨日、ブログ交流させて頂いている方に
「おめでとうございます^^」とだけコメント
※自分でも“おめでとう”がふさわしいのか(?)って
感情?思考?が少しありながら
でも、それ以外の表現が思い浮かばない。。。
返信コメントに
「おめでたい・・・のかはわかりませんが、とても幸せな体験でした✨」
と
改めて、“おめでとう”の意味とか由来を調べてみたり
「幸せな体験」とおっしゃっているから
「良かったですね」表現でもよかったのでは?とか
「良かったですね」に関しては、少しコメント前によぎったのですが
何か違う気がして
(今だからわかりますが、それでは足りない表現なのですよね)
半日ほどモヤモヤ感の中に居た結果
今回のブログに繋がりました。
各自に起こったことは
その当人が望む方向を見失わない限り
確実に願う方向に向かっているということです。
本当に“おめでとう”になるかどうかは当人次第ですが
私の中に、此の方は確実に願いを叶えられる方だというワクワクがあるから
出てきた表現なのでしょう。
※ワクワク=“静かに燃える情熱を持った淡々とした気持ち”
余談ですが、昨日コメントを仕掛けて止めた方もいます
その方には、長い文が必要かなと思ってしまい
でも、まとめられない
最短文はあったのですが
其文では、ワクワクしなかったんですよね
なので、コメントを止めました。
これが、感情をナビゲーションとして活用する実践例です^^
揺れる自分をも信じて精進し
自分の望みを叶えていきましょう
根底にあるのは
それぞれの幸せを願う気持ち
自分をも含めるのを忘れないこと(笑)