おはようございます。

 

 

今日は休みで、ちょっとのんびりした朝です照れ

 

 

昨日のブログで、国語の学校のオリジナル教材で、論理力を高めるための問題集の設問文章に不備があり、設問として十分機能していないことを指摘しました爆  笑

 

 

ブログを書いた後、

 

問題を作った先生も、そのあと、その問題を見た先生も、なんで気づかなかったんだろうはてなマークはてなマーク

 

という疑問が出てきて、ふと思いついたのが、

 

学校の国語の先生のメタ認知力不足びっくりマークはてなマーク

 

という仮説ですガーン

 

 

メタ認知力とは、一般的には、

・自分の思考・感情・行動を客観的に把握し、適切に調整する能力

のことで、
・考えることを考える力

とも表現されるものです。

 

 

自分の言動などを完全に客観的に把握したり、調整したりすることは不可能なのですが、ある程度はできるもので、これは大人でも人によって、できる度合いが違います。

 

 

子どもでも、自然にできるようになる子もいれば、教わって自ら意識してできるようになる子もいるし、教わってもやろうとしない子もいて、これが大人になったときのメタ認知力の差になるかなと思いますキョロキョロ

 

 

この能力がある程度あると、自分の説明なども、「ここって、うまく伝わらないかもしれない。」とか、「この書き方だと、こういう意味にも取れて、誤解されちゃうな?!」とか、自分から見直すことができ、結果、論理的な説明ができるものに仕上がっていきますおねがい

 

 

昨日ブログに書いた以下の国語の問題。

「次の意見・根拠の支えとなる具体例を二つ書きなさい。

『人はその昔、棒で石を打つような遊びをしていて、これがスポーツになっていったのだと思う。なぜなら、ボールを道具で打つスポーツがたくさんあるからだ。』」

 

 

これも、「『支え』って表現でわかるかな?」とか、「これだと、この説明文から答えを探して、混乱しないかな?」とか、自分が表現したい内容とは異なる解釈にならないか、疑いながら見直せるかが、メタ認知力の高低の差になります。

 

 

おそらくこの設問を作られた先生は、自分の言いたいことしか考えず、この設問を作って、自分の説明に他の解釈があるかもしれないなど、見返すことすら思いつかなかったんだろうなと思いますえーん

 

 

結果、説明が論理的でなく、1つの解釈には限定できず、読み手にかなり期待した(頼った)表現になってしまったのだと思います。

 

 

ただ、これって、もしメタ認知力がしっかりあり、見返すことができたら、試行錯誤しながらも、論理的な説明に行きつけたことを意味しますびっくりマーク

 

 

すなわち、

メタ認知力をしっかり育むことができれば、これに引っ張られて論理力や思考力も向上できるびっくりマークびっくりマーク

ということです爆  笑

 

 

結局、論理力をトレーニングするということは、木でいうと、枝・葉のケアをしているだけで、根本の強化にはなっておらず、メタ認知力という根本の強化をすれば、自ずと枝・葉の能力である論理力も強化できるということなんですグラサン

 

 

ではメタ認知力を強化するにはどうすればいいのかというと、どの事柄もそうですが、

地道なトレーニング

しかなく、日々の中で、

・なんでイライラしてるんだろう?

・この問題、何で間違えたのかな?

・こういう説明だとわかりにくいかも?

と自問することです。子どもを意識的にトレーニングするなら、その日のあった楽しいこと、嫌なだったことを1つあげて、なぜそう感じたか3行ぐらいで表現するのも効果的なトレーニングになります。

 

 

うちの子のように「わかっているのに、間違える」というミスが多い子も、メタ認知力があまり育っていないことが原因なこともあるので(もちろん他が要因であることもあります)、トレーニングしていて無駄になる能力ではないので、うちでも地道にトレーニングしていこうと思っています爆  笑