また妹夫婦に散々詰られました。
私が働かずに両親と暮らしてきたことも異常。
過去のことまで持ち出されて。
発作起こして。それでも怒鳴り続けられて。
父との生活を全うするために、苦しめるだけの物は、持ち込みたくない。持ち込まれたくない。だから心の整理をしてきたのに。
希死念慮との戦いまで付け加えられた。
せっかく進んできた治療も、また後戻りか……本当に情けない。
妹たちには、父を施設に入れてしまえと言われる。
できる限り父との生活が続けられる事が願い。その為になんとかしたいと何度伝えても、せっかくの自分の提案を拒否するのか!だったら代案を出せ!と迫られる。
それが分からないから困っていて、福祉の手を借りるなり相談に行きたいけれど、病気になってそれが叶っていない。じゃ、いったいなんの病気のか!本当に病気なのか!本当に診断を受けてるのか!
怒鳴り続けられて、発作を起こして。
せっかく治療で良くなってきてたのに。すごく悲しい。
母が行って、それどころじゃなくて、自分が生き残るだけで精一杯で。自分が生き残れないと父にとっても大きな問題になる。第一、全てが妹に降りかかる。
だから、なんとかやりたかった。
皆に『縁を切るのが最善。これ以上関わって、苦しみを増やすな。諦めて忘れなさい』そう言われても、なんとか心の中で感情を解決して、なんとかやっていこうとしていたのに。
母を亡くした皆さんでも、同じく母を亡くしたという共通点だけで、皆さん寄り添ってくださる。
私も気持ちわかるよ。
私も具合悪い。あなただけじゃないよ。
それが当たり前だよ。
そう言って支えてくださる。
なのに、同じ母を亡くした家族が、自分だけが苦しくて、自分だけの病気や不具合を文面で送りつけて。
メッセージにも、会話にも、ソチラは大丈夫か?少しはマシか?との言葉もないことに、ヤッパリ傷付けられる。
それでも、それに傷つくのは自分の問題だからと、自分の中で解決したのに。
遊びに行った。誰と会った。買い物に行った。買ってきてやった。
自分が出来ないことを、せめて話だけでも楽しませようとしてくれてると受け取って、なんとかやったけれど、それを聞かされる人の心はどうなったか。想像出来なかっただろうか。
それでも自分の中の、自分の受け取り方、解釈の問題として、なんとか解決して、感情を静かにしたのに。
立場や家庭環境が違っても、こんなふうに寄り添ってくださる方があることに、本当に感謝の気持ちです。
もう、自分で消えるしかないかな。そこまで考えてしまって、苦しかった。
一人っ子の方がマシだよ。とまで言ってくださる方もあります。
縁を切りなさい。その方が苦しみが減るから。そう言ってくれる人も。
でも、頼りにしない。自分の中の感情を自分で解決することで、どうにかしようと思ったんです。
それでも、旦那まで連れてきて、自分は話もせずに守られて、怒鳴り散らして。
結局怒鳴って出ていきました。急性ストレス障害で発作を起こしてる私を放ったらかして😅
帰ってくれたから結果助かりましたけど。あのままいられたら、自分で命を終わらすしかないって考えに囚われ続けてたと思います。
過去のことにまで遡ってなじられましたから。私たちの家族の問題にまで。
昔からそうなんです。なんでも可哀想なのは妹。私は頭のオカシイ厄介な変人。
そもそも、私が家に居続けてなかったら、自分一人で親を見ることになったんじゃないかな。それには気が付かないのかな。
父もそう言うけれど、いまさら虚しく響きますね。
いつも悲劇のヒロイン。泣き叫んで、あー私は可哀想。そうして私は悪者。
変わらないんだなぁ、役割って。
自分に呆れます。
可哀想に、父はこれまで子育てに関わらない生き方をしてきたので『アイツの本性があんなだったとは…』って泣いてます。
こういう事がイヤだから、なんとか穏便にしたかったんだけどな。
私の結婚準備中の家をヤリ部屋にして結婚式も諦めたし、部屋を親に無断で使うのは止めて、相手の男に預けた鍵は返してもらって、と泣いて頼んだら、父に泣きついて、私は父から『オマエが居るなら妹が出ていくと言っている』と言われて、家を出て、結婚式も諦めた。
私のお古のウェディングドレス使って良いから、フォトウェディングくらい撮れば。と言われた時も、ありがとうと答えて陰で泣き暮らした。
アナタもたくさんのことをやらなかった?
私ばかりが加害者で、アナタばかりが可哀想ですか?
旦那が怒鳴りつけてる間、自分の親や姉が怒鳴られてるのを、どういう気持ちで見ていたの?
せっかく自分の中で解決した妹への感情も、また蒸し返されて。
今度は父も居たので、父までもが、あんな人間には関わるだけでムダ。どころか害悪だ。金を払ってても他人に頼って、アレは2度と家に入れない方向で生活しよう。とまで言い出して。
人生の最後で、こんなふうになってしまうのは残念だから、なんとか上手くやりたくて。相手には問わずに、自分の中での問題としてどう関わっていくべきか。今日までに、治療も受け、ここでも話を聞いてもらい、友人たちにも助けでもらって、法事も独りでやり遂げたのに。
希死念慮との戦いで、父との生活すら危うくなって、ココに助けを求めてる。
母を見舞う為に使ったエネルギー、母のお坊さんを安い所に頼まないのかと言われたこと、納骨には行ける状態じゃないと言えば、私以外で行くことになったこと、母が行って1日もしないうちに『これからどうするのか、働きもせずまだここにいるつもりか』と畳み掛けられたこと。
全てのトラウマが1度に覆い被さってきて、希死念慮との戦いになってしまった。
親がもう治る見込みはないかもしれないって時に、エネルギーを惜しんだこと、ずっと傷ついていたけど、事情があるのだとイクスキューズを信じることにして、乗り越えてきたのに。
何だったんだろうなぁ。
親が死んで、悲しいのも、病気なのも、自分だけなんですって。
私は、皆そうだと思ったし、程度が違っても、それは思いの量じゃない。単に負担の量だと受け止めてきたんだけどな。
単に負担の差が、身体的な症状の差だと捉えてた。
親に対する想いの差じゃないって。
親を思ったから重い病気になるとか、そういう事じゃない。
単純に、負担した量が体重を減らし病気を導いただけだと。
言いたい放題叫んで、コッチは助けに来てやったのに!って
『助けに来てやってる』って思ってるから、腹が立つんだろうね。
親の人生の最後は、自分ではどうにも出来なくなる。それほど長生きできたのだから、みんなでどうにかしたい。
そんな考え方じゃないと、年老いた親を看取るって、出来ない事だとおもったわ。
面倒事に巻き込みやがって、イヤやけど休日返上で助けに来てやったのに何事か!
って怒鳴ってた。
それが本心だろうね。
やらされてる
やってやってる
感謝しろ
では、出来ない事だと思うよ。
少なくとも、やった人は、そう言うよね。
私にとっても、問題は
母との3人の生活だから、無理してでも出来た。
今後は父と2人。それも母より年上で、今度の母の死でダメージも大きかった。いつまで一緒に居られるか。いかに居られるか。
それが終わったら、私は独りで生きるん。母の死で、よりリアルで近い現実問題になった。
その恐怖と戦いながら、父との生活を保つ。
自分の中で、母をどう弔うのか。それすら今まで集中できなかった。
将来への恐怖がよく分かった。
父との生活をできるだけ長く続けたい。
しかし現実は問題だらけ。
それをなんとか助けを借りて、私と父との望みに沿うような方法はないだろうか。私にも思いつかないし、なにより生活の真っ只中に居る事だけで精一杯。自分の病気のせいで、食べ物すら買い出しに行けず、食べられるものすら無くなる生活までした。
だから、助けて欲しかった。
そしたら、
施設に入れて独りで生きろ。
大変だ、助けてって言いながら、一緒に居たい、は矛盾してる。
成り立たない。
何故、従わないのか!
そらそうでしょ。
解決になってないんだもの。
助けになってないんだもの。
介護なんて言っても、家事の全てが母だよりだったから出来ないだけで、それ以外は無いですからね。
私も、どこで誰の助けを借りられるのか、見当すらつかない。
だけど、身体も衰えてきて、このままでは、具合悪くなって介護されるのを待ってるだけ、みたいで。元気な内に、何か出来ること、助けてもらえる道筋をたてたいだけなんです。
私も病気して、食事の買い出しすら出来ない日々があったから、今後同じことになった時に、助けてもらえる道筋が。
なにより、父ももう、わかった、妹も、その配偶者も、もう家に入れない。
金が掛かっても、他人に頼む。
アレに残す金を、資金に充てる。そう言ってる。
こんな言葉、聞きたくなかったよ。
夢見たまんま、終わりまで過ごして欲しかった。
あんなの選ぶってことは、自分の娘が、そういう人間だったんだ、そこまで言ってる
やっと、これからの父との生活と、私の中の母の弔い。それに集中していけると準備が出来たと、心を片付けれたと思ってたのに。
治療もうけて、友達のたすけ、ここの人たち、同じ経験をした人たち。たくさんの人に寄り添ってもらって、そこまで来れたと思ったていたのに。
それが自分の命を終わらせて謝れば許してもらえるのか。そんなところにまで追い詰められた。
経験者たちが、縁を切るように言ったのは、こういうことだったんだね。
決して冷たいとか、じゃなくて、私の問題じゃないから私には解決できないんだよ。
そう言われていたのに、解らなかったね。