自分の家の中で 


 本当に病気なのか!

診断は下りたのか!

働きたくないだけだろ、働け!

詐病だろ!



と病気の事で差別を受け 




 お前は異常!

父も異常!

この家は異常!

お前達は異常!

父に家に来られるのも迷惑!

孫だってお前に会いたがったなんかない!

そもそも嫌ってる!


そらそうでしょう。

家に来たって、父が話し始めたら、あからさまに嫌な顔をして、感情あらわに叫んだり、物に当たってドタバタ大きな音をたてたり、ドアをバタンっと殴り閉めたり。

それをずっと見て育ってきて。

祖父から話しかけられても無視したり、顔を背けたり、あなたと同じように真似してたじゃない。

子供なんてそんなもんよ。

親が怖いから、親の好きと言うものを好きと言い、親の敵を嫌ってると顕にして親におもねる。愛してもらうための、生き残るための術。

不安定で、子どもに対して支配的で否定的な親の元に育った子ほど、その傾向は強い。


それも棚に上げて、人格を否定され




 私と会うより前の過去まで持ち出されて

罵られ 



 通路に立ち塞がって長時間怒鳴り続けられて







こんな思いを誰もせずに済みますように


同じ経験をした人が、1日も早く回復されますように


私も1日も早く回復し、普通の暮らしに戻れますように


今は、それだけを




祈る気持ち。







まだ、一人になると、


玄関の鍵が掛かっているか。

家中の窓の鍵が掛かっているか。


確かめずにはいられない。





自分の家で危険な目に遭わされることの

恐怖は、

特別なものなんだなと痛感してる。



少なくとも通院できてからは、

一日中何十回も

鍵を確認して周る行為が止められたから、


少しずつ回復できてる







父も今回の事で、


相手の本質本性が見えた

妹の本性が見えた


と言うし、




私が

どれだけのことを黙って飲み込んできたか

実感を持って、知った。






何よりも、


母が何をしてもらったか。


父が何をしてもらったか。




どれ程頼んでも、


働けない間金を出すから

母に会いに来てくれと頼んだ事も


拒否され。




死んでいく母を、

病院から呼び出されない限り

見舞いもしなかった。




会う度に

家族で万博に行った

友達とも行った

ショーを見に行った



それを聞いても、私も父も

1度も咎めなかった。



1度母を施設から帰らせようとした時

たった電話1本で取り消された


お前に世話なんかできるわけないだろう

そしたら私が呼び出される、と



私と父が、

本心では

帰られる内に帰らせてあげたい。

それが何日でも構わない。

今が1番の好機で、

今を逃すとチャンスはないと思ってる



そう施設の方に話した時、


施設の方は、

ケアマネ

相談員

看護師

リハビリ士

皆が


それなら今だ。

この施設で、最もケアの必要がない人。

正直、どうして預かっているのか疑問に思っていた。

ソチラに事情があるのだと解釈していた。


そう言って直に、

帰るための準備や段取り、

私の介助の仕方に話を移してくれた。

介助なんて、トイレに立ててる間に、

下着を上げ下げしてあげるだけ。

たったそれだけ。

私でもできる。

1人でも出来る。

大丈夫。


そう言われて



ダメなら電話一本で迎えに行って、また施設に入れるように開けておくから。

そこまで言ってくれて。



それなのに、電話一本で、反故にされた。




私も傷ついたけれど

『私にできるわけはない

できなければまた呼び出されて

泊まり込みで面倒見さされるのは私だ

怪我でもさせたらどうするつもりか』


そう言われて。


私の身体が弱いから、私のせいで出来ない。

諦めるしかない。

私のせいで母に何かあるくらいなら、施設のほうが安全


そう納得して






父は、

自分に起こった事が全ての判断材料だ

と言う。


自分が見たことが、事実だ

それがあの人達の本性だ











超高齢で、

人生を閉じるまでの時間を

どう暮らしていくか、


そんな時期に、


こんな思いをしなきゃならないのを

見ているのは辛いけれど。




関わり合いになる方が苦痛が大きい。


自分が倒れても呼んでくれるな。



とまで言う辛さなら、


私も覚悟を持って受け入れる事が、

唯一父に出来る事。




残念でも仕方がない





私の医師も


『私の病気も不調も診てあげられる。


それより

心配で問題なのは、


超高齢者が

食べられない

寝られない事は、


命の問題に直結すること。




関わり合いにならずに、

福祉の手を借りなさい』





そう言ってくれた事で、

諦めもついたし、決心も出来た。





妹抜きの父の人生を可哀想と思うより、


父の命が大切。