明確な理由は思い当たらないが資格を目指したのはそれまでぼんやりと感じていた違和感を払拭したいと一念発起したから。
何故スイッチが入ったかは何度考えても解らない。強いて言えば違和感が過飽和状態になったからかもしれない。
今朝フランク・パブロフ著「茶色の朝」に関する記事の影響を受けているのか、違和感をやり過ごしてはいけないという思いに支配されている。
話を元に戻すと資格の受験勉強は自分にとって高次学習だった。もっと言えばそれまではゆでガエル状態だった。ゆでガエルも温度の上昇に全く気付いていないわけではあるまい。ただ飛び出すきっかけをつかめないだけだ。
しかし高次学習が常態化していてはもはや高次ではなく低次学習だろう。いわゆるギアを上げて次元を上げなくてはいけない。