2ちゃん開設者・西村氏との対談で「だめだこれ」 勝間さんが謝罪
"ネット掲示板「2ちゃんねる」開設者でニワンゴ取締役の西村博之氏とテレビ番組で対談した経済評論家の勝間和代さんが
6日、番組中に「だめだこれ」と発言したことなどについて、ブログに「心から非礼をおわび申し上げます」と題する文章を掲載し、謝罪した。"
という記事がニュースメディアに掲載されています。
■にしむらひろゆき氏の勝ちと言わざるをえない
当初勝間氏が用意した争点は、インターネットの『ネット匿名性と誹謗中傷』に関するもので、誹謗中傷をなくすために実名制とし、プロバイダーの責任を重くすべきという立場でにしむら氏を論破すべく論争を挑むが、しょっぱなから議論がかみ合わず、勝間氏はもっと自身が自明の理と考えていると思われる論点に議論をシフトする。
『日本は衰えたりとはいえそこそこ豊かで社会インフラはしっかりしているのに、幸福度調査国際比較で見ると幸福度はOECDの中では最低レベルであること。それは、日本は起業が難しい環境になってしまっており(実際に起業も少なく)若者が閉塞感を感じるような環境にあることが主要な原因で、まして昨今では収入が減っていることも大きい。』
日本は幸福度ランクが低いことと、若年層の起業が少ないことは確かに客観的な事実で、日本が米国等と比較して起業がなかなか出来ない環境であることも、若年層の閉塞感が強いことも、幾つかの統計から確認されつつある『事実』だと思う。その閉塞感が強い状況が幸福度が低い主要な理由であるというのも一面の事実だと思うし、個人的な意見としてならさほどおかしくはない。どうやら勝間氏は、2ちゃんねるを立ち上げた起業家でもあるにしむら氏なら、当然同じような意見を持つと考えたふしがある。だが、にしむら氏は乗ってこない。あせった勝間氏は、『若者が起業ができない日本の環境はおかしい/若者はもっと起業すべきだ』、というのはさすがに自明だろうとして、何とか同意を得て、接点をつくろうとするが、これにもにしむら氏はまったく乗ってこない。終いには、日本は幸福度が低いというのは客観的なデータも示しているのだからせめてそれくらい同意できるだろうと迫る。だが、この点に至っても、にしむら氏は統計データがどうかは知らないが、自分は水も安全もある日本は国際的に見ても比較的幸福だと思うと真剣に反論する。
******************************************
経済評論家・勝間和代とは、いわば賢者を装う単なる稼ぎ屋さんだと観ずるが、賢者・西村博之氏に、化けの皮を剥がされてしまったようだ。
亡国を憂う賢者風の勝間にしてみれば、幸福に至る道として「起業」という要素を持ってきて、博之氏に同意を求めて自らのプロパガンダを計ろうとしたのだが、結局、博之氏の正論には歯が立たなかった。
勝間が言う「起業して経済的に豊かになることが幸福になること」と、博之氏の「水と安全があれば幸せ」という幸福観の対立の構図は、後者が仏教的であると言えるが、この話題が、支え合う社会をつくる にて、取り上げられている。
これはもう、身も蓋も無いご意見だが、この筆者は、以前に
http://blog.goo.ne.jp/deception_2010/e/20e88cded6b4927943a26e8d34c65d12
にて、「経済成長志向は陰謀論だ」と言っています。 医学の進歩により、大勢の民が助けられているのも「陰謀」らしいです。 これは、「信仰」を推奨したいがための、苦し紛れの戯言であると捉えられます。 釈迦仏法においても、それは「苦を抜く」ことを眼目としていることは周知ですし、その意味で、医学の発展は明らかに仏法に該当します。
つまり、「経済発展は人の苦を抜くが、根本解決には成らない」と言えるでしょう。
皆さんもご存知であろう、宮崎駿の映画「風の谷のナウシカ」にて、城ジイが、「多すぎる火は何も生みはせん」と言っている。 これが仏法であると言えるだろう。
勝間の言う、「若者が閉塞感を感じるような環境にあることが、結果的には日本の経済的な衰退にも繋がる」という意見は尤もだが、「発展すれば幸せだあ」という事にはならない。

"ネット掲示板「2ちゃんねる」開設者でニワンゴ取締役の西村博之氏とテレビ番組で対談した経済評論家の勝間和代さんが
6日、番組中に「だめだこれ」と発言したことなどについて、ブログに「心から非礼をおわび申し上げます」と題する文章を掲載し、謝罪した。"
という記事がニュースメディアに掲載されています。
■にしむらひろゆき氏の勝ちと言わざるをえない
当初勝間氏が用意した争点は、インターネットの『ネット匿名性と誹謗中傷』に関するもので、誹謗中傷をなくすために実名制とし、プロバイダーの責任を重くすべきという立場でにしむら氏を論破すべく論争を挑むが、しょっぱなから議論がかみ合わず、勝間氏はもっと自身が自明の理と考えていると思われる論点に議論をシフトする。
『日本は衰えたりとはいえそこそこ豊かで社会インフラはしっかりしているのに、幸福度調査国際比較で見ると幸福度はOECDの中では最低レベルであること。それは、日本は起業が難しい環境になってしまっており(実際に起業も少なく)若者が閉塞感を感じるような環境にあることが主要な原因で、まして昨今では収入が減っていることも大きい。』
日本は幸福度ランクが低いことと、若年層の起業が少ないことは確かに客観的な事実で、日本が米国等と比較して起業がなかなか出来ない環境であることも、若年層の閉塞感が強いことも、幾つかの統計から確認されつつある『事実』だと思う。その閉塞感が強い状況が幸福度が低い主要な理由であるというのも一面の事実だと思うし、個人的な意見としてならさほどおかしくはない。どうやら勝間氏は、2ちゃんねるを立ち上げた起業家でもあるにしむら氏なら、当然同じような意見を持つと考えたふしがある。だが、にしむら氏は乗ってこない。あせった勝間氏は、『若者が起業ができない日本の環境はおかしい/若者はもっと起業すべきだ』、というのはさすがに自明だろうとして、何とか同意を得て、接点をつくろうとするが、これにもにしむら氏はまったく乗ってこない。終いには、日本は幸福度が低いというのは客観的なデータも示しているのだからせめてそれくらい同意できるだろうと迫る。だが、この点に至っても、にしむら氏は統計データがどうかは知らないが、自分は水も安全もある日本は国際的に見ても比較的幸福だと思うと真剣に反論する。
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経済評論家・勝間和代とは、いわば賢者を装う単なる稼ぎ屋さんだと観ずるが、賢者・西村博之氏に、化けの皮を剥がされてしまったようだ。
亡国を憂う賢者風の勝間にしてみれば、幸福に至る道として「起業」という要素を持ってきて、博之氏に同意を求めて自らのプロパガンダを計ろうとしたのだが、結局、博之氏の正論には歯が立たなかった。
勝間が言う「起業して経済的に豊かになることが幸福になること」と、博之氏の「水と安全があれば幸せ」という幸福観の対立の構図は、後者が仏教的であると言えるが、この話題が、支え合う社会をつくる にて、取り上げられている。
これはもう、身も蓋も無いご意見だが、この筆者は、以前に
http://blog.goo.ne.jp/deception_2010/e/20e88cded6b4927943a26e8d34c65d12
にて、「経済成長志向は陰謀論だ」と言っています。 医学の進歩により、大勢の民が助けられているのも「陰謀」らしいです。 これは、「信仰」を推奨したいがための、苦し紛れの戯言であると捉えられます。 釈迦仏法においても、それは「苦を抜く」ことを眼目としていることは周知ですし、その意味で、医学の発展は明らかに仏法に該当します。
つまり、「経済発展は人の苦を抜くが、根本解決には成らない」と言えるでしょう。
皆さんもご存知であろう、宮崎駿の映画「風の谷のナウシカ」にて、城ジイが、「多すぎる火は何も生みはせん」と言っている。 これが仏法であると言えるだろう。
勝間の言う、「若者が閉塞感を感じるような環境にあることが、結果的には日本の経済的な衰退にも繋がる」という意見は尤もだが、「発展すれば幸せだあ」という事にはならない。
