今日は父のことを綴ります。

 

現在、前立腺がんで3年ほど療養中です。

見つかった時すでにステージ4、

今は緩和ケアの時期に入っています。

 

父は8人きょうだいの8番目の子として生まれました。

家も貧しく高校に行けませんでした。

母親の愛情も1/8。

ひがみっぽいところはそのせいかな、

とも思います。(笑)

 

中学卒業すると働きはじめて、

自衛隊に入隊。

北海道にもいたそうです。

自衛隊を退所してからは印刷会社の営業をして、

私が小学生になったころ自営をはじめ、

のちに会社を設立しました。

 

が、ちょうど私が高校2年の11月1日、

会社は倒産したんです。

 

父が45歳のときです。

家が2件ぐらい建てられるぐらいの

多額の借金を抱えたんですね。

そこから借金返済が始まりました。

返済を終えたのが、67か8かな。

寝ずに働いた人生でした。

 

そんな強固な父に、3年前、

癌が見つかったのです。

 

癌が見つかる前の父と母の関係は最悪で、

アル中でしたね~、父は。

老いる寂しさや脊柱管狭窄症のしびれや痛みを

お酒で紛らわせていました。

 

 

強い父だと思っていたのに、

癌が分かってからは、

母を怒鳴るし、時に情けないと落ち込むし、

死に対する怯えもあって、

鬱状態にもなりました。

 

無理もないのですが、

私は、強い人ほど、

もろいものだとも分かりました。

 

 

ホルモン治療、放射線と色々と挑みました。

抗がん剤はしないという父の意志により、

今は何も治療していません。

 

 

毎週日曜日、

父と母に会いに行っています。

 

ここ最近の父は穏やかなんですね。

どうしてかな~と観察していたら、

母がよく世話をしているんです。

子どもみたいになっている父が、

おかしくて、おかしくて。

 

 

母が、

「最近はね、お父ちゃんの話を

 聴いてあげるようにしとるんよ。」と言います。

 

 

お父さんは癌になったけど、

今が最高に幸せなんじゃないかね、と母に言うと、

 

 

「お父ちゃんが、

 ”わしは今が一番幸せじゃ”と言うとったわ。」と。

 

 

母と一緒に、

父のこれまでの人生を改めて振り返りました。

 

甘えられなかった幼少期、

早くの自立、

仕事が全ての人生。

借金返済に走り続けたこと。

 

 

癌で母に甘えている父は、

やっと本当の愛情に包まれ、

無邪気を手にしています♥

 

 

癌がもたらせた幸せです。

 

 

父の倒産が

まさに私の人生の分岐点でした。

ゆめのたねラジオに恩師をおむかえて収録したのですが、

その時改めて

ここが私の分岐点だったと気づかされました。

お時間が合えば是非お聞きください♡

 

11月6日

11月13日再放送

日曜日あさ10:00~10:30

ゆめのたねラジオ

「しなやかに 生き生きと」

 

ゲストは

高校時代のバレー部の恩師です。

71歳になっても

「まだまだ未熟」と言われます。

 

人生において大切なことは

「謙虚」と「感謝」だと。

 

そして

私の人生の分岐点を

恩師が救って下さったこと、

この度のラジオで

改めて気づかせて頂きました💓

是非お聞き下さいね💓

 

【聴き方】

ゆめのたね放送局(https://www.yumenotane.jp/)

ページを開きます。

ページ中央で

「西日本チャンネル」に合わせて、

▶️の部分をクリック後、

数秒で聴けます。スマホ📱でもOKです。

 

 

先日ですね、

自閉症の次男の

就労継続支援A型事業所へ

伺いました。

農福連携は大変です。

安定した需要と供給が

なかなか容易ではありません。

が、次男をはじめ利用者さん

職員さんは生き生き働かれてます💓

応援していきたいと思いました。







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