「なんだってお前いきなり家に戻ろうなんて思ったんだよ。」
淳をバイクに乗せた隆は質問してしまう。
「とりあえず考えろって。自分が為すべきことを。そう言われたんです。」
ほぉ・・・・。と隆は納得してしまう。そんなことを言いそうなのは判っている。
「編集長だろ?言ったの。」
「はい」
隆の声に先ほどよりも柔らかい声になって返す淳。偶然だが会わせて良かったのかもしれない。
「俺にとって為すべきと思ったことか・・・・。」
少しだけ自分にも問いかけてみる。俺にはそういう大義があるのだろうか。少なくとも今のバイクを走らせる俺はただの保護者でしかなかった。
隆のバイクは淳の家、もといsignalへと向かう。そこにはあと10分ほどバイクを走らせなくてはいけなかった。
景色は近代的でモダンなものから田んぼや畑が広がる田園風景へと変わっていく。
「悪い、少しそこのガソリンスタンドに寄らせてくれ。少しばかりガソリンが切れちまいそうなんだ。」
隆のメーターは確かにemptyと表示されるところへと針が動いていた。
別に構いませんよ。と淳から承諾を頂く。
いらっしゃいませー!と元気良く声がかけめぐる。
バイクをとめ、店員がバイクにガソリンを注入していく。
「ガソリン入れてるあいだにそこの売店でガムを2つほど買ってきてくれねえか?」
隆は小銭を渡し、淳に走らせる。
2分もしないうちに帰ってきた。
「ミントで良かったですね?」
「ああ。ありがとよ。」
淳からレジ袋を渡され、隆は中身を確認する。勿論の事ながらガムが2つ入っている。
「片方あげるよ。」
袋から1つガムを取り出し手渡す。
「考えるときにガムを噛むのはいいらしいぜ。」
隆なりの心配りでもあった。自分は何も出来ない。その歯がゆさからきたものであった。
じゃあいただきます・・・・。パッケージを開き、ガムを口にいれる淳。噛んだ瞬間に口いっぱいミントの風味が広がる。
ガソリンスタンドを出て、一行はまたsignalへ向かう。
少ししたところで信号に捕まってしまう。
「美智子ちゃんのことなんだけどさ・・・・、」
隆は申し訳なさそうに口を開く。もちろん美智子のことは隆の落ち度ではない。だがこの言葉が淳にとって希望をもつかもしれないと思ったからだ。
「ええ・・・・。」
淳の語調も重くなった気がする。
「美智子ちゃん、記憶戻るかもしれない。」
隆のその言葉に淳は目を大きくする。
「聞いた話なんだけどよ、編集長がまだ記者として駆け出しの時によ、とある記憶喪失になった男の子を取材した事があったらしくてよ、」
信号機が青に変わり、走り出すバイク。
「その少年は編集長のカメラを見た途端に頭を抱えだしたんだ。」
「しばらく寝込んだ後に何も無かったかのように記憶が復活していたんだ。」
「記憶が復活した理由は編集長が持ってたペンなんだそうな。」
「ペン・・・・ですか?」
しばらく一人で話していた隆に淳が言葉を挟む。
「ああ。そのペンは少年が記憶が消える前にずっと愛用していたものらしいんだ。それが目に入って・・・・という事らしい。」
隆はコホンと咳をする。
「だからさ、そんな簡単に希望を捨てるなよ。お前は悪くないんだからさ。」
隆の言葉が胸にささる。悪いという自覚からきてるものなのだろうか。
「美智子ちゃんはきっとよくなる。記憶だって元に治るさ。」
またバイクが信号に引っかかる。
「今日はやけに信号に止まるな・・・・。」
トントン。隆の肩に何かが当たる。当たった方向を向くと
「風香さん・・・・。」
端正のとれたあまりにも美しい顔に腰まで伸びた髪。まるで神の作り出した最高傑作と言っても過言ではない美しさであった。
「こんなところで何をされてるの?」
風香の喋る言葉には品があった。
「ちょっとこいつを送ろうと思ってまして・・・・。」
ははは、と少し作り笑いをする隆。後ろにいた淳を親指で指すと淳も笑顔で会釈する。
「淳くん久しぶりね。美智子ちゃんは体調はいかが?」
風香のこの一言がまた淳の胸を締め付けた。
隆が話題を変えようと口を挟もうとしたが
「美智子はですね・・・・」
淳が口を開く。隆には何も言わせない気なのだろう。
「元気過ぎて少し怪我をしちゃいまして・・・・、なんて言うのかな、ちょっとおっちょこちょいと言いますか・・・・。」
ははは、と照れ笑いをする淳。だがその表情は嘘であった。本当は誰よりも泣きたかった。
「あらそうなの?なら彼女にこれを持っていってくれない?」
風香の右手に持っていた袋から一輪の花が淳に手渡された。
「また花屋に行ってたんですか?」
隆が袋を見つめながら言う。
「ええ。私はやっぱり花が好きですから。」
風香は満面の笑みで答える。
「そう言えば隆さん、私達付き合ってるのにいつになったらデートするんです?」
このタイミングで?隆は驚いたが空いてる日が1日あった。
「えっと・・・・、とりあえず明日で。」
隆の苦笑いがなんとなくだが空気をよくした。