稽古で、また色んなことがあった。
予測はしていたが、毎回予測不可能なことがおこる。
結論から言うと、出番を減らされたのだ。
役をおろされたのではなく、出番を削られた。
前にもそういうことがあり、そこは最終的に出られることになったが。
理由は、演技が出来ていないから、というものだった。
貴婦人たちが森を散歩するシーン。
主役と脇役について歩いて、端役のわたしも歩く。
仲間の役ではある。
なのにジェスチャーの演技を全くしておらず、ただの通行人に見えると言われた。
確かに、後ろからついて歩いているだけではあった。
再度その場面に出られるかどうかを確認するためのテストをしたが、とってつけたような演技をしている、と言われた。
再テストの前、わたしは仲間のひとりにアドバイスをもらっていた。
わたしに似合う貴婦人を教えてください、と言った。
典型的な綺麗で可愛い貴婦人なら、わたしでなくてもいいはず。
そういう演技をするほうが、逆に出番を削られそうだと思った。
天然で可愛いらしい貴婦人は?、とその仲間は言った。
天然ならよく言われる。
それだ!と思った。
仲間の前でやってみると、可愛い!いい感じ!と言われた。
しかし、再テストの結果は失敗だった。
工夫が裏目に出たのかもしれないが、普通にやったとしてOKだったのかも分からない。
普通にやってダメだったよりも、納得できたと思う。
それ以外の場面で、貴婦人らしからぬ野暮なミスもしていた。
アクセサリーが手袋に引っかかって、抜けなくなったり。
立ち位置を把握しきれていなかったり。
そういう時に限って、隣りにいる女王様は、嬉しそうな穏やかな顔をしていた。
あの人には、わたしを貶すか笑うか、同情して親しげに寄ってくるかしかない。
わたしの不幸は蜜の味だから。
今回わたしが失敗したことに関しては、心の中で思い切りバンザイやガッツポーズをしているだろう。
わたしが違うミスをした時テストをした人から、努力は認めるよ、と囁かれた。
その時、ほぼほぼ失敗だと確信した。
そういうこともあって、結果が出る前から気持ちをニュートラルにしていた。
開き直っていて、失敗しても、セラヴィ!と明るく乾杯するような気持ちでいた。
それでも失敗して悔しくはあった。
特に、女王様が嬉しそうだから。
あの人はあの人で、他の役をおろされる可能性があると言われていて再テストをした。
あの人は役はおろされなかったが、わたしと同じように貴婦人の出番を削られた。
アドバイスしてくれた人は、自分はあの演技は好きだったよ、とねぎらってくれた。
他の人に、わたしは演技をしながら全く相手の顔を見ていなかった、と言われた。
その相手は何度かわたしを見ていたらしいが。
ルックスの問題もあるかもしれない。
コミュニケーションにも一因があるとしたら、テスト以前に、もうとっくに溝ができている。
全員と距離をおいているが、女王様を中心に、特に距離をおきたい人たちがいる。
それはもう修復不可能。
それぐらい一対一だけでなく集団との関わりにおいて致命的なことを、先月オペラを観に行った時あの人に言われたのだ。
あの人の成功や幸せは願うが、個人的にはもう関れない。
他のメンバーとも。
それ以後の、他の人たちのわたしへの態度にも傷ついた。
全員が、わたしを名前で呼んでいたのに、よそよそしく苗字で呼ぶようになったのだ。
まあ、わたしもよそよそしかったが。
女王様だけが、始めからわたしを苗字で呼んでいた。
あの人も名前で呼ばれていたが、それ以後はニックネームで呼ばれるようになっていた。
でも今回、なぜかあの人も、よそよそしく苗字で呼ばれていた。
全員からではないが。
何があったのかは知らないが。
少しはわたしの疎外感を理解できただろうか。
今回わたしが失敗した時、いつか努力は報われる、と言ってくれた人がいた。
このトシでそう言われるのは、お世辞にもめったにない。
本当に。
失敗しなければ、そういう貴重な言葉も、なかったかもしれない。
お世辞は根も葉もない嘘ではない。
その言葉を実現させたいと思った。
帰りに駅で、転んで血を流している人がいた。
沢山の血痕がしたたっていた。
anybody!police!と仲間の外国人が、人混みに向かって呼びかけていた。
do i call station stuff?とわたしは話しかけ、yeah!と言われた。
何人かの駅員が応急処置をしているのを見届けた後、わたしは駅を去った。