当ブログは、自閉スペクトラム症の当事者である僕が、いつも見ている世界をできるだけ詳細に言葉にしていくことで、皆さんに他者の価値観を鑑賞していただく試みです。
ネットでよく話題になっている、かけ算の順序問題。
車が5台あります。
1台につき4人乗ることができます。
このとき、全部で何人乗れますか?
このような、小学2年生の文章題に、
5×4 = 20
という途中式の解答は「不正解」だとバツをつける教員の是非に対し、議論がなされていました。かけられる数(前半)を「一つあたりの数」かける数(後半)を「いくつあるか」とするルールに基づいて、4×5 のみが正答であるとしているのです。
正直、どうでもいいって…?
そう言いたい気持ちもわかるんですけど、今回は、真面目に数学的な観点と教育的な観点から考察し、僕なりに少しだけ私見を話していこうと思います。
交換法則って自明なの?
交換法則(可換)
任意の二元 x, y が演算 $ について
x $ y = y $ x
となるとき、交換法則を満たすという
かけ算(×)についても、この交換法則が満たされることを確認するのは、なかなか大変なんだよ。
普通は最初に小学二年生でかけ算を習うとき、たし算をたくさん書くことを省略するための記号だって説明するよね。
3×5 = 3+3+3+3+3
a×n = a+a+a+ … +a ( n個 )
という「かけられる数」が「かける数」の分だけ足し合わされているというのは、習いたての小学生にも分かりやすい“定義”だよね。
これを考えると「かけられる数」と「かける数」には、かなりの違いがある。
もう少し学年が進んだあとで、小数を習ったとして、
3.6×4は、3.6 を 4 つ足せばいいから、3.6+3.6+3.6+3.6 として考えられそうだけど、4×3.6 は、どうだろう?
4 が 3.6 個分…ってどういう意味だ?
ね、交換できるのって全然当たり前じゃない気がするでしょ。
でも一応、自然数同士のかけ算なら、数学的帰納法によって、簡単に説明できるから、少しやってみよう。
証明
まず、任意の自然数 a, b, c について
(a+b)×c = (a+b)+(a+b)+ … +(a+b)
= a+b+a+b+ … +a+b
= a+a+ … +a+b+b+ … +b
「(a+b) が c個」を「a が c個、b が c個」に書き換えているだけ。
c×(a+b) = c+c+c+c+ … +c
= (c+c+ … +c)+(c+c+ … +c)
= c×a + c×b
「 (a+b) 個」とは、「a個 と b個」と考えられる。
これを、分配法則と呼ぶことにする。
任意の自然数を m, n について、m×n = n×m であることを証明する。
ここで、m×1 = m(∵ m が 1 個だけあるということは、m自身)
また、1×m = m(∵ 1 が m 個あるということは、m自身)
よって、n = 1 では成り立つ。
次に、n = k のとき成り立つと仮定する。(m×k = k×m)
m×(k+1) = m×k + m×1
= k×m + 1×m
= (k+1)×m
分配法則と仮定より
m×(k+1) = (k+1)×m が言えるため、数学的帰納法によって、m×n = n×m
そこまで厳密ではないけど、それなりに納得できるんじゃないかな。
ただ、さっきの 4×3.6 みたいに、たとえば「リボンの長さ」や「液体の量」のような実数全体で考えたいときは、やはり交換法則を考えるのは難しいよね。
まあ、群・環・体とかをちゃんとやってもらうと、もう少し実感できると思うんだけど、実数に関する乗法の可換性は前提(公理)としてしまうことが多いから、証明したりするようなものではなかったりもする。
要するに、かけ算の交換法則は、自明ではないってこと!
もちろん、長方形の面積を「たて×よこ」としたときに、見る方向を変えても面積は変わらないなんて説明をすることもできるけど、それなら“面積”の定義はなんですか?って感じになるから、ちょっとやめておこう。
だから、この「かけ算の順序問題」は、先生側にも一理あるんだよ。
だって、さっきの 4×5 の問題を 3+6+11 とか 32-12 みたいな謎の途中式を書いていたら、たとえ答えが20であっても、不正解とすることは理解できると思うんだ。
反対に書く意味はある?
車が5台あります。
1台につき4人乗ることができます。
このとき、全部で何人乗れますか?
って問題だったね。確かに 3+6+11 は意味不明だけど、5×4 の方はそれが正しい式だと解釈することも実はできるんだ。ちょっとその一例を考えてみるよ。
例えば、車には席があって 4つの席があるから、それぞれ A席、B席、C席、D席と名前をつけておく。
すると、5台の車がある分、A席は5席、B席も5席、C席も5席、D席も5席あるから、1種類あたり5席あって、それが4種あり 5×4 となる。
こんな説明ならどうかな?
こういう解釈を初めからするとは考えにくいけど、意外とできるもんだよね。もちろん連続的な量を取る「リボンの長さ」などには使えないし、対象によってしまうのは仕方ないけどね。
あとさ、これは感覚的な話なんだけど、中学生以降で文字式か出てくると少し変わってくるような気がしていて、k 円のケーキを 3つ買ったときは、3k 円って書きそうだよね。3倍の k 円みたいな意味なのかな。
それに、日本とは逆にすることが自然な言語圏もあって「4×100mリレー」はもちろん、4mを100人で走るわけではない。
だから、そもそも「かけられる数」を前に書くみたいなルールも別にあってないようなものなのかもしれないね。
何が大切かわかるかな?
僕は、中等数学教育(中高生の数学)はまだしも、小学生の算数の教育についてはあまり知らないから、頓珍漢なことを言っていたら申し訳ないんだけど…。
確かな学力の育成のためには、自ら考え、自ら学ぶ力が大切だとされているね。それに、対話的な学びが重要視されるなか、まず「正解」「不正解」だけで学習の機会を片付けること自体が、あまりよくないと思ってしまうな。
児童生徒がせっかくしたミスは、できるだけ学習の機会にしたいものだし、しっかりと「なんでこの順番で書いたの?」と尋ねてみてもいいのかもしれない。
そうしたら「かけ算が自明に交換法則を満たす」とは言えないことを、自ら感じられるかもしれないし、かけ算の本質的な意味について考えようとするきっかけになるかもしれない。
すべての指導は、その学習の目標に対する目的をもって行われるべきで、「ルールと違うから」という理由だけで、問答無用で単に不正解にするというのはどういう目的があるか不明だよね。
かけ算の文章題を用いて、達成したい目標は
・乗法の意味について理解し、それが用いられる場合について知ること。
・乗法が用いられる場面を式に表したり、式を読み取ったりすること。
・乗法に関して成り立つ簡単な性質について理解すること。
・性質を活用して、計算を工夫したり計算の確かめをしたりすること。
・数量の関係に着目し、計算の意味や計算の仕方を考えること。
・数量の関係に着目し、計算を日常生活に生かすこと。
であるわけだよね。
ちなみに【算数編】小学校学習指導要領(平成29年告示)解説では、「成り立つ簡単な性質」に「交換法則」を挙げ、計算を確かめる場合には「交換法則」を用いてもよいってしているよ。
でもその一方で、
被乗数と乗数の順序は,「一つ分の大きさの幾つ分かに当たる大きさを求める」という日常生活などの問題の場面を式で表現する場合に大切にすべきことである。
とも(なんか分かりにくい文章だが…)述べられているから、交換法則は計算の工夫でしかないって意味に感じるね。
5の段の方が先に習うからきっと簡単なんだろうし、さっきの問題は
4×5 = 5×4 =20
なんて「工夫をした」っていうのも許されるのかもしれないってこと。
「かけ算の順序」を大切にした方がいいのは、式で表現するときに、意味を考えやすくなるようにするための指導の工夫であって、引っ掛け問題で子どもたちの注意力を上げるとか、そういうためのものではないんだよね。
不正解にされると、モチベーションが下がるってこともあるから、日常生活に対して主体的に学んだことを活かしたいと思えるような関心を養うには、数学的な見方・考え方(小学校では言わないかも)を働かせられるように、点数は与えながら、どのように考えて立式したかと説明させたり、そういった解答をテスト後に取り上げて、「なぜかけ算は順番が大切か」「こういうミスが起きやすかったのはなぜか」のような議題をグループワークで話し合わせるなど、次の学習に繋げることが大切だと、僕は思ったよ。
うーん、なんか、無駄に熱くなってしまった…。みんなも算数・数学の指導について考えたことや、悩むことがあったら、ぜひ教えてね。それじゃあ、またね。