息子が高校から大学、専門学校まで使っていた2段重ねのお弁当箱をやっと処分しました。
今は家を離れて奥さんもいる息子のお弁当箱です。
ずいぶん使い込んで塩素を使っても綺麗にならないものでしたが、なかなか捨てられなかったものです。
中学生の頃から学校を休みがちで、高校でも所謂「不登校」と言われる時期を過ごしながらなんとか出席、単位を満たして卒業、進学をしました。
お弁当箱は、いつでもお弁当を持って登校できるように毎日お弁当を詰めていたものです。
思春期以降、また、大人になった子供を親は外までついて行って守ることはできません。
せめてできる応援がお弁当を作ることのような気がします。
「昨夜は元気に友達に電話して時間割を聞いてたから今日は登校するかな?」
「今日の気分はどうかな?」
「このまま学校に行けないまま退学してしまうのかな?」
などと期待と不安を抱えながら毎日お弁当を詰めて、仕事から帰ってくると
「ああ、今日も行ってなかった。」
「家にはいるけどリビングに置いてあったお弁当は自室で食べたのか。食欲があって良かった。」
と、落胆の中に少しでも光を見つけようとしていた毎日でした。
息子のお弁当箱は私にとって息子そのもののように愛おしいものでした。
でも、私がいつまでもこのお弁当箱に執着しているのは、不登校だった頃の息子の姿ばかりを思っているようで、これではいけないと思いました。
まだまだ精神的に厳しい問題を抱えていますが、それでも息子は今、奥さんと支え合いながら毎日を生きています。
私も過去の母親の思いにばかり囚われておらずに今の息子の頑張りに目を向けないといけませんものね。
私も新たな気持ちで新たな年を迎えようと思います。